【KAC】楔

譚月遊生季

「言い訳と弁解の違いって、なんだと思う」


 目の前のモニターに、つらつらと言葉が並ぶ。


「自分ではそれなりに理由があると思っても、『言い訳するな!』で黙らされるとモヤモヤするよね。その『理由』が改善策に繋がるかもしれないのに、みんな『失敗した相手をやっつけたい』って気持ちを優先するんだ」


「うん」と、相槌あいづちを書き込む。「聞いているよ」と示すように。

 

「疲れた」


 相手の表情は見えないし、私は相手の顔どころか、本名すら知らない。


「もう、疲れたよ」


 それでも、私は彼女の痛みを知っている。


「他の先輩の指示が間違ってても、社内の古くて使いづらいシステムがエラーを吐いても、何もかもが『言い訳』になる。疲れた、死にたい、もう何もしたくないって気持ちも、『無能なやつの言い訳』にしかならない」


 延々と綴られる、ドロついた負の感情。

 吐き出していい、と言ったのは私だ。

 話し出したら止まらないことも、溜めておいたら膨らんで苦しいことも、よく知っている。

 私だって、そうだ。


「あのさ」


 それでも、伝えたいことがある。


「死ぬのはいつでも出来るから……私の言葉を、『生きる言い訳』にしてよ」


 彼女がいなくなってしまわないように、くさびを増やす。

 正しいことだとは思わない。

 それでも、。……彼女ではなく、私にとって。


「いつか、仮想ネットじゃなくて現実リアルで会おう? ほら、私たち結構気が合うじゃん。もしかしたら、支えになれるかも」

「ん……考えておく」


 少しだけ前向きな返事が来たことに安堵して、「おやすみ」の言葉とともにノートパソコンを閉じる。

 時間は深夜……というより、ほぼ朝の4時45分。さすがに、これ以上の会話は厳しい。


 床の見えない、ゴミだらけの部屋。

 数日前から天井にぶら下がっているロープが、エアコンのぬるい風に揺れている。


 私だって、そうだ。

「あの人の話を聞かなきゃ」を言い訳にして、今日も生きている。

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【KAC】楔 譚月遊生季 @under_moon

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