第4話とりあえず、自己紹介?



 和輝は少女の傷の状態に、内心で嘆息する。


 今は、やっと強制マラソンから解放されてホッとしているから

 手足に負った傷口の酷さに気がまわってないようだな


 見たところ、今は苦痛をあまり感じないようだけど

 きっと、落ち着いたら、痛いって無くだろうなぁ……可哀想に


 ここは、下手に救急車を呼んだりするより、ウチで手当てした方が早いな

 幸いなコトに、ここからウチまでの距離って、そんなに遠くないしな


 第一、救急車を呼んで、飼い主の少女が乗せられて行かれても困る

 このボルゾイ2頭、一緒に搬送先に連れて行くなんてコトないだろうし


 いや、それより、飼い主とはいえ、人間を傷付けたってコトで

 下手すっと、処分されちまうかもしれないし………


 そうじゃなくても、おためごかしに、飼いきれないんだからとか言って

 自称保護団体とかいう奴らの、金儲けの道具にされかねないもんな


 まして、このボルゾイって犬種は、金持ち系に人気あるからなぁ……

 だいたい、保護団体とか言っているけど、繁殖家より酷いとこあるし


 保健所から引き出して、譲渡だというわりに結構な金額要求するし

 だから、売っている子を買った方が良いってなるんだよな


 じゃない、今は、目の前のボルゾイ2頭と、その飼い主の少女だ

 確かボルゾイって、下手な人には面倒みれない犬種だったよなぁ


 まぁ…マジで幸いなコトに、俺の命令は聞いてくれたけどな

 はぁ~…取り敢えずは、手足に負った傷の手当だな


 幸いなコトに、ウチは親父が亡くなるまでは、個人病院やってたからな

 色々と、治療用の機材や薬なんかは揃っているから………


 困惑と同情の眼差しで、和輝は双子の妹達とさほど変わらない姿の少女をついついマジマジと観察してしまう。


 一方の少女の方はというと、ようやくボルゾイ2頭による強制マラソンから解放されたコトで、ゼイゼイしながら、苦しくなった呼吸を整えようと、一生懸命に深呼吸を繰り返していた。


 ある程度、呼吸の苦しさが治まった少女は、2頭を制止してくれた人物の存在に、思い至り、やっと顔を上げる。


 和輝の姿と、心配そうな視線を視認した少女は、安堵の表情を浮かべる。

 そして、そのまま和輝に向かって、自己紹介する。


「………はぁ…はぁ………はぁ~……あ…りがとう………助かったわ

 私の名は…蓬莱…桜という………」


 ようやく呼吸が落ち着いてきたらしい、蓬莱桜と名乗った少女に、和輝も頷いてから自分の名前を名乗る。


「ああ…俺は、神咲和輝つーんだ…俺を呼ぶ時は、和輝でいーぞ」


 そう言ってから、和輝は改めていまだに呼吸が荒いのに、へろりと笑っているような、2頭のボルゾイを見て言う。


「しっかし…こんなデカイ犬……それも、サイトハウンドだろ、コレ

 1度に2頭もボルゾイを連れて歩くなんて……どう見ても、無謀だぞ


 お前、全身ケガだらけじゃねぇ~か…危ないって止められなかったのか?

 そんなにケガしちまってよぉ………いてーだろうが………」


 心配した和輝のお小言に、シュンと項垂れた桜は、それでも言い訳をすることは忘れなかった。


「うぅぅ~………だって…久しぶりの雨上がりだから……つい……

 それに、さっきまでは、きちんと桜の言うコトを聞いていたのよ


 普段の〈レイ〉や〈サラ〉は、とぉ~っても、おとなしい子なのよ

 あ…あそこで…あの野良猫が…2頭の前を横切りさえしなければ


 そして、そのすぐ後にぃ~…放れた犬が近くでケンカしてなければ

 こんなコトにはならなかったはずなのよぉ~……」


 握りこぶしをして、そう言いつのる桜に、溜め息を吐いた和輝は、桜の腰に繋いである引き綱を外し、自分の腰のベルトの左右に繋ぐ。


 また、何時、何の拍子にかボルゾイ達の制御が外れて、桜と名乗った少女を引き摺るかわからない為、そうしたのだ。


 取り敢えず、自分なら2頭に引き摺られるコトはないという自信も有ったからできるコトだったりする。


 そして、極度の疲労と緊張の為に、傷だらけの身体を震わせている桜を、和輝はヒョイッと片腕に抱き上げた。


 そして、それから、和輝はもう1度改めて優美な超大型犬の姿を確認し、その犬種の特徴を思い出すのだった。


 えぇ~とぉ…ボルゾイは、超大型犬で、サイトハウンドの猟犬だ

 その眼前を野良猫が横切ったんじゃ……こうなってもしょうがないか


 とはいえ、流石に、ちゃんとしたクールダウンも必要だし………

 桜の手当も必要だからな……後だ、家に電話させないとな


 どこから来たのかは知らないが、こんな大きなボルゾイ2頭を連れ出して

 なかなか帰らなかったら、心配しているだろうしな





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