第3話取り敢えず、2頭の犬を止めよう



 2頭の大きなボルゾイに引き摺られた黒髪の小柄な少女が、和輝の側を半分すっ転びながら走り抜けようとした。


 2頭のボルゾイが眼前に迫ったまさにその時。

 和輝は少女が呼んでいた犬の名を、威圧の有る声で鋭く呼び、命令する。


「〈レイ〉…〈サラ〉…ストップ……ステイッ……」


 和輝の強い命令に反応した2頭は、ピタッとその場に立ち止まった。

 そして、ハッハッハッハッと息を荒くしたまま、それでいて『すごく楽しかったの』とでも言うような姿で、和輝の前に立ち止まる。


 本当は、徐々にスピード落とすようにして、止めるもんなんだよなぁ

 こんな風に、強制的にピタット止めるの良くないけど


 流石に、飼い主の少女の方が限界だろうからなぁ………

 もう、命令を叫ぶコトもできなくなっているし


 そんな風に思う和輝に、2頭のボルゾイは、自分達に命令した相手である、和輝へと顔を向ける。

 その視線を感じて、和輝は強い意思は込めるが、柔らかい口調で命令する。


「スィットゥ」


 勿論、意思が通じやすいように、目の前で掌を下に押すジェスチャーを加えながら、お座りするコトを命令する。

 その和輝の命令に、2頭のボルゾイはエヘラッと笑いながら、ストンッとお座りをして見せる。


 その2頭のボルゾイのお座り姿は、飼い主の惨状を見なければ、大きさに比してかなり愛らしい姿だった。

 そう、飼い主である少女のボロボロの姿を見なかったら………。


 和輝の前にちょこんとお座りして、御満悦という表情でハッハッと荒い息をしているボルゾイの姿に、盛大に溜め息を吐く。


 どこからどう見ても、飼い主である少女の命令を盛大に無視して、2頭のボルゾイが気持ち良く走って来たと理解わかる姿に、和輝は眉をひそめる。


 なまじ、走ったコトであがった、体内の熱を発散する為に、半開きの口から長い舌をベロリンと出したまま、えへらえへら笑いでもしているかのような、甘ったれた顔をして、自分を見ているからなおさらである。


 ストップの号令をかけた和輝の前で、2頭のボルゾイは少し胸張りしながら、私達って良い子でしょ………とばかりに、ちょこんとお行儀良くお座りのポーズを維持する。


 遠巻きに少女が引き摺られている姿を観ていた大人達が、お座りした2頭の綺麗な犬であるボルゾイと和輝に、好奇心もあらわに、にじり寄って来る。


 が、やっとボルゾイ2頭に引っ張りまわされるという、強制マラソンから解放された少女は、ドッと来た疲労感に負けて、ぺたっと道路に座り込んでしまった。


 ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返しながら、少女は震える自分の身体を抱き締めていた。


 そんな自分のコトで手一杯な少女は、好奇心満々の視線に気付く余裕は無かった。


 勿論、何故か教師に目をつけられ、ことごとく難癖をつけられ続けた和輝も、ある意味で他人の視線に鈍い為に、そんな周辺の状況変化や好奇心に満ちた視線に気付かなかった。


 2頭のボルゾイがおとなしく座っているコトを確認した和輝は、取り敢えず、ありきたりなセリフだと自分でも思いながら、少女に声を掛けた。


「よぉ……大丈夫かぁ?」


 ゼイゼイしながらも、なんとか顔を上げた少女に手を貸してやりながら、和輝はさりげなく少女の全身を観察する。


 うわぁ~い……この子…いったい…どんだけ引き摺られてきたんだぁ?

 引き綱を握っていた手の甲…両手ともかなり擦り剥けてるじゃん


 うげぇ~……なんだよ、ヒジもかよ……かなり痛そうだな

 ジャケットのヒジ辺りが盛大に破けて……結構な穴が開いているぞ


 だぁぁぁ~……擦り傷からは…かなりの出血しているじゃねぇ~か


 あ~ぁ…膝が一番酷いかな?

 表皮が擦り切れてるだけじゃなく…肉まで抉れてやがる


 ズボンもジャケットも…結構丈夫なデニムだよなぁ?

 ここまで穴が開くなんて…どんな走り方…っていうか…転び方したんだ?


 結構、酷いな……表皮が綺麗な皮膚に治癒するまで……

 ん~…手の甲が全治1週間程度かな?…ヒジが2週間程度くらいかな?


 ヒザにいたっちゃ~……肉が…抉れているところあるからなぁ……

 全治3週間は、かるぅ~くかかるだろうなぁ…うぇ~痛そう……


 などと、ざっと全身を観察して、門前の小僧よろしく、少女の傷の具合を和輝は無意識に確認していた。







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