第22話 乾杯したら、グラスは後ろに投げませう!

 あれれ、さっきより日本語が流ちょうになった気もしたが、ま、いいか。

 ちなみに菊政君もぼくも、シャンパンなんて飲んだことなかった。

 シャンパンなんかが食堂車のメニューなんかにあったものかと思われようが、この手の洋食堂車がついている列車は外国人客も多いから、メニューに書かれていなくても置いていたようですな。確か、5円くらいだったか、当時の価格で。

 あの頃のワインは赤より白のほうが高くて、それよりもう一声高かったのよ。

 いかんせん、天下のシャンパンやからね。

 さて、世にもうまい酒を目の前に、いよいよありつけるときゾ来り。

 まずは、おじさんらの母国語で途中まで音頭がとられ、それからぼくらや。


「・・・ ・・・ ・・・・・・・(ここまで母国語)、ソレカラ、菊政宗男君と岡原真三君の将来に、乾杯!」


「プロージット!」

 ぼくらも少し遅れて、乾杯や。

 まずは、シャンパンを味わうように飲んだ。

 話は、ここからや。諸君、これを聞き逃しちゃ、もったいないですぞ。


 外国人の皆さんは、乾杯した後、何と、グラスを後ろに投げられたのね。

 プラスチック、ちゃいまっせ、マジ、ガラスや。

「キミラモ、ほら!」

「グラスを投げて、いいのですか?」

「ソレガ、私らの国の風習です。さあ、諸君も、ヤッテミナ!」

 私ら日本人や。菊政君も。食べ物もそうだが、モノを粗末にしないようにしつけられて育ってきた私らに、そんな習慣、ないよな。

 でも、おじさんらの国の習慣にケチをつけてもしょうがない。

 ぼくらも、思い切って後ろに向けてグラスを投げたよ。

 さすがにガラスだからね、ホームの床にガッチャン! ですわ。


「お二人とも、ありがとう。じゃあ、菊政君も乗らねばならんでしょう。乗ったらすぐ、食堂車にいらっしゃい。ひとつ、御馳走しようじゃないか」


 東京に出世されるというおじさんが、菊政君に声をかけて、いったん二人そろって、食堂車の後ろの車両に入ったのね。


 そうこうしているうちに、列車は東京に向けて出発しました。菊政君と出世されるというおじさんをお見送りして、私も、下宿に帰ることにしました。

 あれはちょうど土曜日やったからな、次の日は休みや、どうせ。

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