第5話 何やら、取引成立。

 ウエイトレスのおねえさんが来たので、50銭のほうの和定食を頼んだ。

 ちょっと奮発してやろうと思ったからね。


「オカシンは今、院生か?」

「せや。時に英太郎、いくら新聞記者がある程度自由の利く仕事とはいえ、朝から酒はないだろう。それでは羽織ゴロならぬ背広ゴロやないか」

「かまへん。羽織ゴロ上等や。飲む人は皆さん飲んではる。オカシンも飲むか?」

 さすがに私はこの後講義もあるから、そこは丁重に辞退したよ(苦笑)。

「まさか英太郎、伊勢参りの列車の取材も兼ねているとか、言うなよ」


 そのまさかが、まさかだったのね。

「実はそれもあって、ぼちぼち、朝の食堂車の取材も兼ねているのよ」


「取材の経費と称して一人酒盛りして経費で落とさせて、そのついでの駄賃でまさかのまさか、わしを捕まえて写真撮って、見出しはズバリ・朝から贅沢・京都帝大生食堂車で酒盛通学、参拝列車のとんだ罰当たり野郎とか、そんな記事書くつもりか」

「そのネタ、もろた! お望みなら書いてやるぜ。明後日あたりの穴埋め特ダネや」

「やめてくれ! 京都帝大の面汚しとして末代まで笑い者にされてしまうわ」


 そんなことを言っておる間に、列車は三ノ宮を出て芦屋あたりを走っておる。

 そこらで、お待ちかねの和朝食や。主食は、バタ臭いとも言われるブレッドゥンバターなんて洒落たものやない。

 銀シャリ=白飯ね、それにみそ汁、漬物、焼魚に小鉢もついて、50銭や。


 そしたら、英太郎の奴、なんか私に取引持ち掛けてきた。

「その小鉢と焼魚、半分ほどくれんか。その代わりその和定食もわしがおごるし、ついでに珈琲おごるというので、どうや?」

ってよ。喜んで、その取引に乗った。


 あいつ早速、それで酒のつまみができたとばかりにまたもう1本大瓶ビールを頼んで、飲みよったわ。その前に何やらつまみと称して食べておったらしいから、箸だけはとっておいたみたいでな、最初からこいつ何考えておるのかと思って居ったら、ちょうど私が来たから、これ幸いとばっかりにそんなことやらかしよって。

 まあ、エエワってことで、いったん私のところに来た和定食の箸で取分けて、小鉢と魚の半分を彼に渡して、取引成立や。

 小鉢のほうは、少しだけこちらも取分けさせてもらったよ。飯のつまみ、ね。

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