第20話 冷たさを感じさせる青年将校の論評

 森川氏は、米河氏の論についてさらに述べた。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 山上さんのあのエピソードであるが、それは確かに、事実である。

 いつ、だれに対してというのは覚えていないではないが、そこを指摘してみたところでそれはさしたる意味はないから、一般化してお答えすることにしよう。


 そうじゃな、中学を出てしばらく、住込みで働いていた元男子児童がおった。

 住込み先も名前もその業種も、しかと覚えておるが、あえて述べん。

 そんなものは、もはや主論点でもないと申されるであろうからな。


 さてその青年、住込み先の仕事を覚えて独り立ちしたいと目標を持っておった。

 中学を出て3年目の半ばくらいか、流されるように日々を送っていることに何か虚しさのようなものを感じたのであろう。

 ある時、わしにこんなことを言ってきた。


「今の仕事を辞めて、もっと効率のいい仕事がないものかと」


 そりゃあ、今みたいに高校卒業の資格がなければまずどこも相手にしないなんて時代ではないからな、効率のいい仕事、割良く金をくれる仕事なら、今よりはあったことも間違いなかろう。

 じゃが、そこで辞めては、あとが続かん人生を送ってしまうことになることを、わしは懸念した。それで、その青年には申した。


「今の仕事をただただ辞めて、効率のええ仕事と言うが、そんなことでは目先の金だけを目当てにその場限りの人生を歩むことになりかねん。それでは、金もたまらん上に所帯なんかもてんぞ。もう少し、頑張ってみられぇ」


 結局彼はその仕事を続けて、程なく、独立して仕事をするようになった。

 今も、いっぱしの職人として仕事をしておるわ。


 あんたは、その人の人生を否定するかな?

 あるいは、わしの今言った彼への忠告の内容について、何か物言いをつけるか?


・・・ ・・・ ・・・・・・・


「エピソードに対する私からの価値判断は一切述べませんし、その必要もない。もちろん、その卒園生の方の人生を否定する意思など毛頭ありませんし、貴殿述べし忠告内容に対して物言いなど付ける気もありません」

 あっさりと切って捨てるかのような弁に、森川氏がさらに尋ねた。

「あんたのそのような弁は、実に冷たさしか、感じんのう」

「あ、そうですか。私は冷血人間ですか? 上等ではないですか!」

「待ちたまえ! 別に喧嘩を吹っ掛けるつもりも因縁をつける意図もない。じゃがなぜ君は、そこまでの弁を述べるのかと、お尋ねしておるのじゃ」

「先の事例の私の価値判断など述べても、時間の無駄です。貴殿の忠告内容についても然りで、そんなことでああだこうだと茶飲み話のネタにしたところで、何の発展性もありません。そんなことをネタにやれ懐かしいのヘチマの、くだらん情緒郷愁を述べても、何の価値もない無駄な所業でしかありませんからね」


「君はなぜ、そこまで一見冷たい言動をするのか?」

 改めて尋ねる元園長に、元入所児童は答える。

「プロとして、憶測まがいの回答は慎まねばなりません。まして、単なる感想レベルの戯言を述べて人の人生を左右云々論評する権利など、私にはありません。その人と貴殿の関係性が最低限でも読取れない以上、これはプロとして当然の対応です。それもわきまえずに、好き勝手なテメエの憶測に基づくだけの感想レベルの言動をして相手にじゃれつく馬鹿が多すぎるのですよ。そんな昭和の片田舎の低民度の薄馬鹿どもとこの私を同レベルに見られるなら、こんな議論はさっさと打切られたい!」


「そうかな・・・」

 老紳士は、少し、言葉を詰まらせている模様。

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