第17話 職場の敷地内で家庭を営んだ若手児童指導員 2

 あれは、昭和44年、ちょうど、あなたの生まれた年度のことであった。

 その翌年より、もし彼がこの仕事に合わないと判断すれば、退職して事業を興すなり、他業種に職を求めるなり、好きにすればよいと申してはいた。


 とはいえ、わしは、そのような方向に大槻を導く気は、毛頭と言ってもいいほどなかった。何とか、わしのやってきたことを彼に継いでもらい、わしが死して後の半世紀は、彼にこの仕事をやってもらいたいと思っておったのよ。

 そこは、わし一人では到底説得なんかできんから、あんたの大先輩の大宮哲郎君やその周辺の若い人らに頼んで、いろいろ絡め手も使いはした。ともあれ何とか、あれが飛び出して干上がるカエルのようにならずに済むよう、仕向けたのよな。

 あんたも再放送などで知っておるかもしれんが、当時、「ど根性ガエル」とかいうアニメがあったろうが。

 あの番組をわしは孫と一緒に見たことがあって、平面ガエルのぴょん吉なる者が大活躍するのじゃが、あのシャツの中のカエル君を見るたびに、これ、大槻にそっくりなやっちゃと思えてならなんだわ(爆笑)。


 幸か不幸か、わしらの説得が功を奏して、おかげさんで、彼は干上がるカエルになることなく、よつ葉園というシャツの中ではなくして(苦笑)、水辺の地を得られて、そこで家庭も仕事も得られることと相なったわけじゃ。

 それで、今西さんという女性の児童指導員と結婚したのはあんたも御存知のことであるが、この頃になると、彼はこの仕事を辞めて事業を興したいと言っていたのを、もう完全に封印しておった。それどころか、あんなことまで言い出してな。


 大宮さんは一連の様子に感心はしていたものの、いささか違和感のようなものも抱いておられたな、さすがに。わしはしかし、哲郎は何をそんなに大槻のことを不安視するようなことを述べるのかと、最初は思っておった。

 現に、わしが死んで後も、あの大槻君は家庭も仕事もしっかりやっておった。

 あんたも出た天下のO大学出のアンチャンもやたら心配性やったなと笑って終りになるかと思っておったが、そうはいかなんだ。わしがあのとき園長室で話した不安も、実は、哲郎の持った違和感が、結局現実のものとなってしもうた。

 そのうちうまくいって、老後はあの大槻夫妻、仲睦まじく生涯相携え合って生きていく方向に行くのかと期待が高まっておったけど、そうは問屋は卸さなかった。

 尤も(もっとも)、子どもさんらが成人後の話であったから、そこは不幸中の幸いであった。大槻君はその後再婚されて、上手くやって言っておいでのようじゃから、それはそれで慶賀には耐えん。元夫人のほうも、御自身のされたいことをされておいでであるから、もはや、わしらがとやかく言うこともないわな。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 かれこれ、話が長くなって済まなかった。

 このことは、争点整理の上でも、これから論争に入るうえでも必要な事実であると思われるので、あえて述べさせていただいた次第である。

 夜も明けてきたようじゃ。とりあえず、今日はここまでにしよう。

 明日も参りたいが、貴殿は大丈夫か?


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 森川氏の提案に、米河氏はあっさりと乗った。

 かくして、争点整理は続くことになる。

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