第16話 職場の敷地内で家庭を築く若手児童指導員 1
「かくなる上は、この点についてお尋ねしたい。大槻氏は前夫人で元よつ葉園児童指導員の今西幸香氏と結婚後、職員宿舎で過ごされ、移転後も、息子さんたちが独立するまでは職員宿舎のひとつに住まれて、そこで家族と共に過ごされましたね、そのような手法を推奨されたのは、当時園長の森川一郎先生でしたか?」
米河氏の質問に、森川氏が生前の業務につき回答する。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
そのとおりと言えば、そのとおり。
いささか回りくどいが、今述べた言葉が、その実情であると察し願う。
確かに私は、大槻君に、職員宿舎で当面家庭を営むことを提案した。
住居にかかわる費用はさほど発生せず、しかも、業務が絡めば飯くらい本園という職場に出向けば、食えんこともない。まあ、酒はともかく、な(苦笑)。
ただわしは、彼らが結婚する折、園長室で一言、訓戒を与えた。
米河君、その訓戒の趣旨が予測できますか?
この問いに関し、米河氏は即答した。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
ええ、あたらずといえども遠からずの範囲で、予測出来ます。
それは確かに金銭面では悪くない選択肢であるが、一生続けることはできないってところでしょうな。その職員宿舎を「持家」にすることは金輪際できない相談であり、いずれはその敷地外に家を建てるか借りるかはともあれ出たほうが良い。
いやひょっと、出なければならない状況になるであろう、と。
それは、職場でもあるその地にべったり過ごすことによる弊害を見越しておられたということで、よろしいか?
・・・ ・・・ ・・・・・・・
森川氏の回答は、以下の通りである。
おおむね貴殿の述べられたとおり。あんたも、大宮さん並かそれ以上に賢いのう。
まあしかしな、そのときは大槻夫妻揃ってわしが園長室に呼び立てて訓戒を与えておったのじゃが、その折は結婚が決まってお互い少なからず舞い上がっておるようなときであったからな。
上の空とか、心ここにあらずとか、そこまでは言わずとも、わしがその時述べたことに関してはどうやら二人とも、そのときにはピンと来ておらなんだようじゃ。
それが証拠に、大槻君のほうが、こんなことを申してきた。
「厳密にいえば、我々夫婦とその間に生まれた子らも、このよつ葉園で育っている子らも、等しく、自分の息子や娘たちと同じであると思って、この仕事に邁進してまいる所存です。さすれば、少なくとも自分らの子どもが皆成人して独立するに至るまでは、自分のそのときの職責はともあれ、この職員宿舎で家庭を運営していくべきではないかと、そのように思う次第です」
「しかしながら、大槻君、このよつ葉園の子らは、厳密にはあんたの息子や娘ではない。そこは、忘れてはならん。何も我が子がかわいいだけで自分の子らをひいきする必要はないし、それもそれで困る。じゃが、そこは冷静な視点を忘れなさんなよ」
この言葉に関して、少し我に返ったのか、大槻君はこう申してきたぞ。
「それはもちろん、わかっております。自分の「職務」として、自分の子らもよつ葉園の子らも、家庭であれ養護施設であれ、その枠をうまく使って、育てていくだけのことです。それが、私自身の生涯の仕事ですから」
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