第6話 言葉の欺瞞を暴く青年将校 1
「私はね、養護施設関係者やそこらの「手に職をつけて」という言葉くらい、欺瞞と偽善にあふれた言葉に出会ったこともないですよ。人生50年を超えましたが、それが欺瞞と偽善の言葉なら、「同じ釜の飯を云々」という言葉、これくらい心底虫唾の走る言葉もありません」
のっけから、けんかを吹っかけていくような形になりかけている模様。
この弁の主は、もちろん、若い米河氏の側である。
元園長は、刻々と変わる戦況を黙って見つめる日本シリーズ出場チームの監督のように、黙って対手の弁を聞いていた。
そして、しからばとばかり、口を開いた。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
のっけから、きついお言葉であるな。
まあ、そんな程度で私が泡を吹くなどということはない。
貴殿の普段の思考からは、普通に出てくる言葉じゃ。
むしろ、その程度のことも申せないような人物なら、わしとて、相手にもせん。
もっと申し上げておこう、歯牙にもかけんわ。
とはいえ、そこまで言い切る貴殿ともなれば、歯牙にかけぬわけにもいかん。
確かに、わしはよつ葉園の子らぁに、「手に職」という言葉を使って、今でいうところの「就職指導」というか、社会に出るうえでの訓戒を垂れたこともある。
貴殿がそのことについてただ因縁をつけるがごとくそんな言葉を申しているのでないことは、わしも、十二分に承知しておる。
これは、当時のよつ葉園と、そこにいる子らが置かれていた状況においては、ある程度有効な方便であった。
これはわしの言い訳になるかもしれないが、決して、安易にそこらの適当な仕事についてそれを「手に職」などと分かった言葉を述べて安易に園児を社会に頬りだしておったわけでは、決してない。
そこはわかってくれなどとは、申さない。
そんなことを申そうものなら、あんたのことじゃ、何倍返しもが早速帰ってくることは目に見えておる。
それから、「同じ釜の飯」云々、な。
あんたの弁からすれば、これこそ、「下らん情緒論」ということであろうな。
もちろん、貴殿はいわゆる「唯物論ごかし」でそのような言葉を述べているわけでないことくらい、わしは十二分にわかっておる。
あんたの言いたいところは、「低次元の仲間ごっこ」の方便にすぎないというところであろう、そんな言葉は。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
「そうです。低次元の仲間ごっこを示しているに過ぎない。少なくとも、そのような「仲間ごっこ」の輪の中では、通用する言葉です。そこにどっぷりつかっていれば、そんな居心地のよろしい言葉もないでしょうよ」
米河氏の弁に、老紳士が反応する。
「その論法から俯瞰すれば、何も考えなければ軍隊にせよ養護施設にせよ、その手の「集団生活」ほど楽なものはないとでも言っているかのようじゃな」
「そのとおりです。それこそ最低限以上の「飯」は、与えられるわけですからね」
・・・ ・・・ ・・・・・・・
まずは、米河氏が森川氏に攻め込んでいくような様相を呈し始めた。
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