スコップ
クロノヒョウ
第1話
塾の帰り道。
僕が通っている小学校の前を通った時だった。
暗い校庭で何かが動いたのが横目に見えた。
僕は立ち止まって目を凝らした。
広い校庭に誰かいる。
ドキドキしながらもぼくの足は好奇心に動かされ校門をよじ登っていた。
そして少しずつ近付いていった。
「えっ……高橋?」
「わっ」
まさかと思って声をかけるとそこにいたのは同じクラスの高橋だった。
高橋は六年生になってから転校してきて、すぐに仲良くなった僕の親友だ。
「鈴木かよ……びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだよ。こんな時間に一人で何してるの?」
高橋は大きなスコップを持っていた。
「……いいわけしてもしょうがないか。助けを求めてたんだ」
「助け? 何それ、意味がわかんない」
「はは、だよな」
高橋は腕で額の汗を拭きながらスコップをとんとんっと校庭に叩きつけた。
「見える?」
そう言われて僕は高橋の足もとを見た。
何やら幾何学的な模様のようなものが描かれているようだ。
それは高橋のまわりからさらにずっと奥、いや、校庭中に描かれていた。
「何これ。高橋がやったの?」
「うん」
「そのスコップで? 何のために?」
「質問責めだな。鈴木、誰にも言うなよ?」
「うん」
「このスコップでこの広い校庭にこうやって毎晩描いてるんだ。俺はここにいるから迎えに来てってね」
「……どういうこと? こんなの読めないよ?」
「これは俺の星の言語。地球人には読めないよ」
「……またまたぁ。いつもの冗談?」
「冗談じゃないんだ鈴木」
高橋は真剣な顔をしていた。
いつも明るくていつも笑っている高橋とは違って少し寂しそうな顔だった。
――ゴオオッ
「わあ」
「おっ」
その時、ものすごい突風が襲った。
僕は咄嗟に高橋の腕を掴んだ。
「来た!」
校庭の土が顔に当たって痛かった。
それでも必死に目を開けると高橋は嬉しそうに空を見上げていた。
僕は言葉が出なかった。
僕らの真上にちょうどこの校庭にすっぽりはまるくらいの円盤の、そう、映画で見るような巨大な宇宙船が現れたのだ。
宇宙船が空中で停まると風がやんだ。
そして今度は眩しいほどの光に照らされた。
「鈴木、さよならだ」
「ちょっと高橋……」
僕はあまりに突然のことで頭がパニックになっていた。
それでもなんとなく、高橋とお別れだということはわかった。
僕は掴んでいた高橋の腕に力を込めた。
「そんな、せっかく仲良くなれたのに」
「うん。鈴木のおかげで楽しかった。ありがとうな」
「ぼ、僕も楽しかったよ。高橋と友達になれてよかった。転校してきてくれて、えっと、地球に来てくれてありがとう」
「ははっ」
高橋は涙で濡れていた僕の顔を触った。
「これは……涙?」
そう言って僕の目をじっと見つめた。
「そうだよ。哀しい時や寂しい時に出る涙」
「綺麗だな」
高橋はいつものような笑顔だった。
「僕のこと、忘れない?」
「鈴木のこと、忘れないよ」
「僕も! 高橋のこと、ずっと忘れない」
僕たちは最後に抱き合った。
そして高橋は光の下へ行くと吸い込まれるようにして消えてしまった。
「さようなら」
ゆっくりと上昇する宇宙船に向かって僕は手を振った。
泣きながら大きく大きく手を振った。
宇宙船が小さくなり、見えなくなるまで。
「こらっ! 何してる!」
静かな夜に戻ると校舎から用務員さんが出てきた。
こっちに近付きながら、手を上げている僕と、もう何もない空を交互に見ている。
「やっべえ」
僕は慌てて手を下ろし、落ちていた自分の鞄とスコップを拾った。
ふと見ると、僕の周りにはさっきの突風で折れてしまった枝や葉っぱが大量に散乱している。
さて、何ていいわけしようか。
「ふふ……」
僕は涙で濡れた顔をぬぐいながら手に持っているスコップを見ると、なんだか笑ってしまった。
完
スコップ クロノヒョウ @kurono-hyo
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