女装して登校したら推し配信者の影武者を演じることになった件
いずも
投稿されし背信者の序奏
「毎回遅刻やがって、またお前か!」
仁王像のように校門で待ち構える体育教師の怒号が校庭中に響き渡る。
「違うんです、今日は本当に電車が遅れて……」
「うるさいっ、言い訳するな!」
「そんなぁ」
怒られている僕の背後を一人の女子生徒が通過する。
「せんせー、今日電車が遅延してたから遅れちゃったー」
「おう、そうか。だったら仕方ないな」
先程までの鬼の形相はどこへやら。仏のような慈愛に満ちた顔を彼女には向けていた。
「ええっと、なので……僕も」
「ちっ、今日のところは勘弁してやる。もし明日も遅刻するなら反省文だからな!」
まったくもって理不尽だ。
この教師、女子生徒にはとことん甘くて男子生徒にはとことん厳しい。
僕みたいに小柄で気の弱い人間は凄まれてしまうと何も言い返せない。
「……こうなったら」
僕はかねてから試してみたかったことがある。それを実行に移すのも悪くないかもしれない。
『はーい、今日も
今日もリオちゃんはカワイイ。
彼女の配信を見ることで一日の嫌なことも全て吹き飛んでしまう。
マスクで口元は隠されているけど声や見た目からして十代、もしかしたら僕と同年代かもしれない。
彼女は特別有名な配信者じゃない。登録者数や同接数から言うとむしろマイナーな方だ。話し方もそんなに上手じゃない。だけどその素朴さと言うか、素人臭みたいなものがウケているのだと思う。僕もその一人で、頑張っている感じに親近感が湧いて応援している。
いわゆる推しってやつだ。
『あーこれ? 近所のし○むらで買ったのー。もっと近くで見せてほしい? いいよー、ほれほれ~』
カメラに近づいたところで何枚もスクショを撮る。ヤバい追っかけみたいな行動に見えるけど、そうじゃない。これは参考資料だ。
「……よし、出来た」
鏡の前でポーズを取る。どこからどう見ても天音リオにしか見えない女装男子がそこに居た。
「って、服装まで揃える必要ないじゃん。どうせ制服着るんだから」
彼女が着ている服や使っている化粧品をさり気なく聞いて真似してみた。思ったとおり庶民派なだけあってウチの近くで揃えられる道具ばかりで助かった。
ただ、わざわざ写真を送ってまでオーダーメイドのウィッグを特注したのは自分でもやりすぎだと思う。
そこまでして何がしたいのかと言うと。
女装して登校したらあの体育教師に怒られずにすんなり校内へ入れるに違いないという実験だ。
当然ながら僕に女装癖はない。うん、無いんだ。コスプレにもそんなに興味はない。でも好きなキャラとか憧れのキャラになりきるという変身願望みたいなものは多少あって、それがたまたま今回は天音リオだった。
女子の制服は昔姉が着ていたものがあるし、ぱっと見だとうちの生徒にしか見えないはず。彼女がうちの生徒だったらと考えるだけでこう……ちょっと興奮する。おっと、いけないよだれが。
それだけ僕が色白で華奢なんだってことの現れでもあるんだよなあ。
明日は親がいつもより早く会社に行くらしい。こんなチャンスは二度と無い。
「…………」
ヤバい、心臓がバクバクしてる。めちゃくちゃ見られてる。女装は完璧……のはず。
自分でも挙動不審気味なのはわかる。だってスカートなんて履いたの初めてだし、靴も違うから歩き方もぎこちない。別人になった気分っていうか、もしもバレたら別人のフリしてなかったことにしたいっていうか。
高揚感よりも羞恥心の方が勝ってる。僕にはちょっとまだ刺激が強すぎる。
だけど、だからといって今更引き返すわけにもいかない。
――気をしっかり保て。
「キミ、大丈夫?」
「あっはい大丈夫です」
「えっ」
「――っ!」
僕は急いでその場から逃げ出した。
しまったー!
普通に男の声で返してしまったー!
何も考えてなかったけど、見た目だけ女装しても声で男だってバレちゃうじゃん。
……マスクして、風邪気味っぽく振る舞えば多少低音ボイスでもなんとかなる、か……?
というわけですっかり遅刻確定の時刻になって学校に到着する。もうすぐ一時間目が始まるってのに相変わらずあの教師は校門前で仁王立ちしてる。
でも大丈夫、今の僕はどこからどう見てもただの女子生徒だ。
「……」
「おはよう。なんだ、風邪か。気をつけろよー」
無言のまま何事もなく校門を通過した。
ええっと、ミッションクリア。うん、こんな簡単にクリアしちゃっていいの?
いや、いいか。
ともあれこれで、これで――
いや、この格好でどうやって教室に入れと!?
ただの知らない女生徒がいるだけじゃん。じゃじゃーんってウィッグを脱いだとして、そこにいるのは頭のおかしい女装男子だよ。その後の高校生活終了じゃん。
校内に入れた後のことを何一つ考えてなかった! 僕のバカ!
このまま突っ立っていては誰かに見つかってしまう。こういう時の定番といえば保健室だ。
僕は一目散に保健室へと逃げ込む。
「あら、見かけない顔だけどどこのクラス?」
まずい、保険医とばっちり目が合った。
「1年2組の
「最近風邪が流行ってるみたいね。楽になるまで休んでなさい」
危なかったー、もう少しで
保険医がいなくなったところを見計らって抜け出し、急いで学校を後にする。よし、あの体育教師も授業が始まればいなくなってる。
流石に一日中校内にいたら他の先生に怪しまれるし、今日はもう学校はサボろう。
そのまま家に帰り、親の振りをして休みの連絡を入れる。
ああもう、今日は散々な目にあった。後先考えずに行動したらやっぱり駄目だな。明日は普通に登校しよう。一つ早めの電車に乗れば何とかなるだろうか。だったら今日は少し早めに就寝しよう。
「あ、天音リオの配信始まった」
前言撤回。今日は長い夜になりそうだぜ。
『――でねー。あ、そうだ。ちょっこれ見てほしいんだけど……』
いつもどおりの配信中に、彼女がスマホを操作する。無言のまま視線を手持ちのスマホに向けて作業する様子は客観的に見ると放送事故にも思えるのだけど、それが彼女の「らしさ」でもある。
「…………えっ」
彼女が目の前に向けたスマホの画面には、天音リオのコスプレをした女生徒が映し出されていた。
ていうか僕だ。
『これリプが送られてきたんだけどー。こんな時間に学校にも行かずにフラフラと遊んでるんじゃないかって写真付きで。これ私じゃないけどさ、どー見ても私を意識してるよね。てか私のコス? そういえば最近私の服とかメイクについて質問してきたリスナーさん居たけど、ひょっとしてこのため? あの、怒らないからさ、もし見てたら連絡して』
僕は頭が真っ白になった。
制服を着た生徒が平日にうろついてたらそりゃ目立つに決まっている。
……でも、でもだよ。
ひょっとして、これってチャンスじゃないか。
あの天音リオに接触できるまたとない機会だ。天音リオが好きすぎてコスプレしてしまったってことで――駄目だ、どう考えても男だってバレる。彼女は写真の主を女性という感じで話を続けているが、残念ながら正体は女装男子だ。となると、初めから女装していたと正直に話してしまった方が良いだろうか。
ひとしきり考えて、僕は自分の正体を明かして彼女にメッセージを送った。好奇心から女装して学校に行ったこと、彼女の外見を真似したこと、早退して目立つ行動をしてしまったことを謝りながら。
返ってきた返事は意外なものだった。
「話がしたい」と。
こんなイタイやつと話したいだなんて、どういう風の吹き回しだろう。いや、僕のことを配信のネタにしようってことか。それはちょっと嫌だな。しばらく離れて関わらないようにしようかな、なんてことを考えていたのだけど、メッセージの最後に書かれていた文章に言葉を失う。
「――那由多葵を知っているか」と。
『はじめまして、デオンさん……でいいのかな。いつも観てくれてありがとう』
目の前のモニターには天音リオが映っている。
配信じゃなくて、僕と二人だけのやりとりだ。
『へ~、本当に私にそっくり。やっぱりあの写真の人はデオンさんで間違いないんだね』
「……は、はい」
僕は再び女装してカメラの前に座っている。
本人だと言うのならもう一度天音リオになって見せろと言われたので、仕方なく。しかも制服じゃなくてし○むらで買った配信時の衣装と同じ服で。そこまでやらなくてもいいのにと笑われた。
「……あの、ごめんなさい」
『え、なんで謝るの?』
「いや、怒っているのかと思って」
『こんなことで怒らないよ~。むしろ嬉しい』
「僕のこと、変なやつだと思ってませんか」
『そんなことはー……思って、ナイヨ』
「絶対思ってる!」
『あはは、ごめんごめん』
話している感じはいつもの天音リオだ。本当に怒っている様子もない。
本当なら彼女を独り占めできているという事実に爆発しそうなほど嬉しいのだけど、どうしても気になる点が一つだけあって、素直に喜びきれない。
『ところでさ、今日那由多葵が登校してきたって噂になってるらしいけど、知ってる?』
「え、なにそれ――あ」
そうだ、保健室でのやり取り。とっさに名前を言ったんだっけ。
『身に覚えがある?』
「確かに名乗った覚えがあるけど……あれ、なんで天音リオさんがそのことを?」
『だって、うちに電話がかかってきたんだよね。葵さんが本日登校しましたか、ってさ。なんで万年引き篭もりの私が登校してることになってるワケ?』
僕はぽかんと口を開けたまま言葉を失う。
――何だって。今の言葉、聞き間違いじゃなければ。
『そ。私が天音リオこと那由多葵。君は……クラスメイト?』
そして僕は自分の正体を明かす。
彼女のクラスメイトであり、
『なるほど~、テオ君かぁ。女装が似合うってことは童顔で可愛らしいんだろうな~』
「うっ、気にしてるんだから、それ」
『いやいや、褒めてるんだって。ねぇ、なんで君を探していたかわかる?』
「なんで、って」
そりゃあ自分にそっくりな人間がいたら気になるだろう。それも自分が住む町にそっくりさんがいるなんて、どんな確率だよ。
『私さ、わりと出席日数がピンチでね。そろそろ本気で出席しないとヤバいんだよねー』
入学初日からずっと来ていないんだから、それはそうだろう。
『だからさー。君、私の代わりに那由多葵になって学校に行ってよ。たまにでいいからさ』
「…………は?」
推しの配信者に悪魔の取引を持ちかけられた。
ただし、僕が一方的に心臓を握られている。
女装して登校したら推し配信者の影武者を演じることになった件 いずも @tizumo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます