仇討ち
秋谷りんこ
仇討ち
「言い訳になりますが」
就職の面接に三十分遅刻してきた若い男は、反省の色を全く見せなかった。不思議な優越感さえ漂っている。
「聞きましょうか、その言い訳を」
人事部の部長は怒っている。男の態度は、確かに部長の嫌いなタイプだ。
「面接会場が、この工場ではなく隣の本部だと勘違いしていました」
男は本当に言い訳をした。
「時間通りに本部へ着き、それなら工場のほうですと教えていただき、参りました。そのため三十分遅れました」
堂々と当然のように話す男に、不気味なものを覚えた。
「謝罪は?」
部長は怒っている。
「謝罪?」
「遅刻して申し訳ありません、とか、まずは謝罪だろう。その上で事情があれば、こっちだって聞く。それが社会ってもんだ」
男は、うっすら笑う。
「この会社の人は、謝罪を知っているんですね」
「どういう意味だ」
「去年この工場で、アルバイトの迷惑動画が流出しましたね」
突然の話題に、部長は眉をしかめる。私も身構えた。
「動画が炎上して、会社は大損したと聞きました。わかります。僕が消費者でも、買い控えします」
部長は何も言わずに聞いている。私は、嫌な予感がしていた。
「会社は、当時の工場長に責任の全てをおしつけましたね。それこそ謝罪もせずに」
この男、どこかで見たことがある。誰かに似ている。
「あなたは人事部の方でしょう? それなら関係ないから、良かったですね。あと、今の工場長さん」
急に声をかけられて驚く。
「当時、副工場長だったあなただけが、かばってくれたと聞きました……父から」
「本部に何をしに行った……」
本部には、当時の関係者がたくさんいる。私は、冷や汗が止まらない。
「どうしてここにいるのか、僕は言い訳ができますね。面接を受けていますから」
男がにやりと笑った瞬間、空気が爆ぜるような凄まじい音が響き、地面が揺れた。外を見ると、本部から炎があがっている。男は満足げに微笑んだ。
仇討ち 秋谷りんこ @RinkoAkiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます