第12話

平穏な日々は続いた。ストワード王宮には十分過ぎるほどの備蓄があり、この人数なら一生暮らすには困らない。

そして何より、強い結界が王宮を覆っていたことが彼らに安心を与えていたのだ。


ノアたちがストワード王宮に着いてから2週間後の夜のことだった。アントワーヌの悲鳴が聞こえたのだ。

「だ、大丈夫!?」

この強い結界を破って誰かが侵入してきたのか。皆が警戒していると、アントワーヌは引き攣った笑顔でこう言った。


「何でもない。ただ転んだだけなのだ」



(眠れないな……)

アレストが部屋のベッドから起き上がる。深夜だ。皆は寝ているだろう。少し一人でフラフラしよう。夜の王宮内を散策することにした。

(ん?アントワーヌ?)

長い金髪の青年の後ろ姿が見える。


「……は、スト……ワー……」


「僕は……ストワード……」


「英雄…………」


何か呟いている。


「アントワーヌ?大丈夫か?」

弾かれたように振り返るアントワーヌの顔は怯えていた。

「はっ……!あ、アレストか」

「すまない。驚かせちまったか」

「……」

「ええと……あ、俺、眠れなくてさ。ちょっと歩いてたんだ。それだけ」

「そうか。……なあ、アレスト」

「ん?」

アントワーヌはアレストの顔を見ずに話をする。

「アレスト、僕は『国王』なのだ」

「そうだな」

「だが、君は……君は『国王』では無い」

「ん?そうだが、何だ?」

「君は……自由なのだな」

アントワーヌの声は低かった。寒気がする、冷たいもの。

「僕は君のことを応援する。僕たちは良い友人だったのだからな」

「あんた、記憶が戻ったのか?」

「……いや。戻ってないのだ。だが、一つだけ確かなことを思い出した。それが君が僕の大切の友人だったということなのだ」

「そうか……」

「アレスト、僕は……『国王』だから、国のために、いや……大陸のために働かねばならない」

「大陸のため?」

「そう。それが僕の正義なのだ。アレスト」



翌朝、アントワーヌの姿はなかった。

リュウガに聞くと、「結界を解いて欲しい」と言って敷地外に出たらしい。

「我は止めた。だが、ずっと外に出たかったと言って聞かん」

「外に何かあったのかな」

「違う。1年間出られなかったんじゃ。自由が欲しくなったと」

「自由?」

嫌な予感がする。アレストは一人走り出す。

昨晩のアントワーヌの言葉を思い出す。

(まさか……『国王』として大陸のために働くって、)




―アントワーヌサン。俺とシャフマを滅ぼしてくれないか?


―俺とあんたならやれる。その後のことは全部あんたに任せる。だから……俺と世界をひっくり返そうぜ。


―俺たち、良い友人だろう?



「嬉しかったのだ。アレスト、僕は心から」


「だが……」


「すまない。僕は、それでも」


「『国王』として君を許せないのだ」


きっと結果がこうならなければ、良い友人のままでいられただろう。


「君を恨む『国王』は、もうこの大陸には要らないな」


アントワーヌは一人頷き、ブレスレットを強く握る。

(前にこれを握ったとき、意識が遠のいたことがあったことも思い出した)

(しまいこんだ直接的な原因はスタンがお父様を暗殺し、その後にアレストたちにころされたことだったが)

(そのずっと前から、これを渡したときから、スタンは僕のことを恨んでいたのだな)

それならば、弟の想いだけは汲まなくてはいけないだろう。

(『国王』として『英雄ストワード』として……そして、君の『兄』として)

意識が遠のく。ストワードの街が一望出来る丘で、最後の英雄が最期に見た景色は、赤い雨で壊滅した自国だった。

(アレスト……僕は君を…………許せなかった)

全てを奪った、かつての友人へ。




―あんたも爺さんになるんだねェ。


―アレストも、な。この間父になったと思っていたが、時間が経つのはあっという間なのだ。


―くくくっ、本当にねェ……。


―しかし俺たちの子が結婚するとはなァ。面白い偶然もあるもんだぜ。


―そうだな……。

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