第10話

「だ、誰か……いるのか?」

静寂を切ったのは男の声だ。ノアは王宮の方を見る。敷地内から誰かがこちらを見ている。長い金髪、碧眼、白い肌。

「あんたは、」

「わっ!に、ににににに人間なのか!?喋れるのか!?」

アレストの声に驚いて後ずさる青年。

「あたしたちは人間。あなたもそう?」

「そ、そうなのだ!僕は……僕は人間なのだ。あっ!感染はしていないか?」

感染。異形になっていないかの確認だ。ノアは頷く。

「大丈夫。あたしたちは感染してない」

「本当か?」

「あらあ?疑うのならここで服を脱いで見せてあげても良いわよお。傷1つないって確認するかしらあ?」

「えっっっ!い、いや、そこまでは……ううっ……」

分かりやすく赤面して慌てる青年。ルドはクスクス笑う。

「うふふっ、からかっちゃったわあ。すごく素敵なヒトなんですものお……。大柄で……。あらっ?」

「どうした?」

「あ、あなた……もしかして、」


「おぬしら!結界が解けたわい」

空からリュウガの声が。目の前の結界が解ける。

「あっ!レモーネの結界が……!」

「心配するな。我らが入ったらすぐに戻しておくわい」

「リュウガ、すごいな!」

「ふんっ、当然と言ったじゃろう。中に入れ」

「あぁ!」

ストワード王宮の敷地内に入るアレストたち。

「む。何じゃ、おぬしは最初からここにおったのか?」

「あ、あぁ。そ、そうなのだ……」

リュウガの迫力に怯える青年。



「……ねえ、あなた、アントワーヌじゃない?」


「!」


アントワーヌと呼ばれた青年が飛び上がる。


「おお。おぬしがそうか」

「見つかって良かった!あたしたちはあなたに会いに来たんだ」

「アントワーヌ……あんたが、俺の知り合いか」


アントワーヌの表情は暗い。


「……やっぱり、俺のことは嫌いか?」

「えっ!?ち、違うのだ!ただ僕は……」


「僕は、記憶を失っているのだ」


「「「!?」」」



「……赤い雨の後に、頭をぶつけたのか」

アレストが低く言う。王宮内を歩きながらアントワーヌが説明をする。

「その赤い雨というのもよく分からないのだが、時期を考えるとそうなるな。結界はレモーネが置いて行ってくれたのだ」

「レモーネ……アントワーヌ国王の妻の名前ねえ」

「そうなのだ。レモーネは僕の妻……だったらしいのだ」

「そこの記憶もないんだ?」

「ないのだ。僕は……お父様と弟スタンが何故ここにいないのかも分からないのだ。何故、僕は一人で生きていたのか分からないのだ」

「かなり長い間の記憶を失っているんだな」

アレストやノア程の長さではないが、アントワーヌも自分に関する記憶を失っていた。

「レモーネに会った記憶もないのだ。僕は20歳だったはずなのだが……。記録によると、今26歳らしいのだ」


「僕はどうしたらいいのか、分からないのだ……」


一同は黙り込んでしまう。アントワーヌに会えば何か状況が変わるかもしれないと思っていたが、本人が記憶喪失だとは。


「頭を打っただけなら、記憶はじきに戻るかもしれない」


「アントワーヌが記憶を取り戻すために、あたしたちでいろいろ試してみない?」

「そうしないと情報収集が出来ないものねえ」

アントワーヌが申し訳なさそうに項垂れる。

「すまないのだ……」

「この王宮内にも何かあるかもしれない。アントワーヌ、悪いがしばらく泊まらせてくれ」

アレストが頭を下げる。アントワーヌが首を横に振る。

「あ、謝らないでくれ。僕はこの1年間孤独で辛かったのだ。君たちが来てくれて嬉しいのだ……」

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