第9話

ストワード王宮は目の前に。ノアは深呼吸をする。

「……うん、大丈夫。アレスト」

「あぁ。行こうか」



「王宮は全然溶けてないわねえ」

「メルヴィルのように、誰かが結界を張って……おっと、」

アレストが急に立ち止まる。

「やはりな。結界があるぜ」

「かなり強力じゃのう。我でも壊すのは時間がかかるぞ」

「でも壊せるんだ……」

「当然じゃ。我を誰だと思っておる」

「うふふっ、素敵なヒトねえ。頼もしいわあ」

「邪魔じゃ。引っ付くな。あっちへ行け」

リュウガはルドヴィカを追い払い、結界の前に座り込んだ。

「妹みたいだわあ」

「妹?」

ノアが聞く。

「私の妹、魔法オタクだったのよお。それで、結界をどうこうするってよく言ってたわあ」

「妹さんは今どこに?」

「分からないわあ。でもきっとどこかで生きてるわよお。あの子、しぶといから」

「……だといいな」

「おぬしら、気が散るからその辺を彷徨いておけ。情報収集がどうとか言っておったじゃろう」

「あ。そうだった。王宮の外もう少し歩こうか。アレスト、ルド」

ノアの声に、2人が頷いた。



王宮の周りを歩くが、人の姿は見えない。

「知性体も白い布たちもいないな」

「王宮の周りなら人がいると思ったけど、中にしかいないのかな」

「十分な備蓄があるなら外に出る必要はないものねえ」

「わざわざ外になんて出ないか。それにしても……」

ノアが王宮を見上げる。

「すごい立派だよね」

「シャフマ王宮とは大違いだぜ」

外壁だけでなく、中もボロボロだったシャフマ王宮……修繕費が無いと一目で分かるものだった。

「アントワーヌ国王、か。一体どんな人なんだろうな」

アレストは資料の『アントワーヌ』という文字を指でなぞる。

「こんな大きな王宮に住んでるんだもん。きっとすごい国王だよ」

「私、見たことあるわよお」

「え!?どんな人だった?」

「馬に乗った大柄な好青年だったわよお。大きな槍を投げて……すごかったんだからあ」

「槍?何かとたたかってたのか?」

「当然よお。戦争だったでしょ?あのときに、」

「「……戦争?」」

「あらあっ?」


「……へえ、2人とも記憶を失ってたのねえ」

「そういえば言ってなかった……」

ノアが苦笑する。

「赤い雨はそういう影響もあるのねえ」

「それが、原因はハッキリしてなくてな。赤い雨のことも覚えていないわけだが」

「じゃあ雨に打たれたときに記憶がなくなったのよお。それしか考えられないじゃない?」

たしかに、赤い雨は知性体の体を異形にしてしまう。脳に影響を及ぼす可能性は高い。

「……とにかく、赤い雨の前に戦争があったんだ。あたし、知らなかった」

「当時、シャフマ王国をどうするかで大陸が二分したのよお。シャフマを存続させたい貴族と、シャフマを崩壊させたい王子の対立……最初はそういう構図だったわあ」

「王子が国を崩壊させる?何故そんなことをするんだ?」

「私に聞かれても知らないわよお。夫は分かってたかもしれないけどお……」

「ルドの旦那さん?」

「そうよお。夫は、シャフマを存続させたいシャフマ貴族に味方したストワード貴族だったわあ。スナヴェルは由緒正しい貴族だったから、立場が上の方だったのよお」

「なるほど……。それで、どっちが勝ったの?赤い雨の前に戦争は終わったんだよね?」

ノアの問いに、ルドヴィカは困ったように眉を下げる。

「終わった……わけではないわよお」

「「えっ」」

「赤い雨が降って、皆おかしくなって……戦場にいられなくなったから退散したのよお。だから、今も戦争は続いてるわあ」

「……」

「私は夫がシャフマ存続側につくって言ってたからそっちに味方してただけで、特に思想があったわけじゃないわあ。でも……強い思想を持って戦争に臨んだ人がまだ生き残ってたら……私たちも、標的にされるかもしれないわねえ」


「そんな……!」

ノアが拳を握る。

「そんなこと言ってる場合じゃない……!今は皆で助け合わなきゃいけない……!」

「皆、心の中では分かってるわよお。そんなこと」


「でもねえ……」


「戦争の前では、そんな綺麗事は言ってられないのよお」


「……」


アレストは黙り込んでいた。

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