第2章『ストワードへ』
第7話
―あなたがいなくなったら、この大陸は本当に終わってしまいます。
―だから、生き残ってください。アントワーヌ様……。
「……」
王宮の一番奥の部屋。守られた場所で一人。
「僕に何が出来るというのだ」
かつての英雄の子。金髪碧眼の青年は孤独だった。
ノアとアレストはシャフマ王宮を出てから北に向かっていた。
「資料に地図とメモが入っていた。これによれば、北に向かえば『アントワーヌ』という国王がいるらしいな」
「アレストの昔の友達?」
「可能性は高いな。協力関係になれれば良いんだが……」
昔の知り合い。拒絶されたら……と、怖くなる。
「大丈夫。記憶を失う前のアレストと今のアレストは関係ない。それを分かってもらえれば話せるはず」
「そうだと良いがな」
アレストの横顔は暗い。
「アレスト、あまり食べられてないんじゃない?」
「そうだな。目が覚めてからは腹いっぱい食ったことがない。仕方ないさ。外にでられなかったし……そもそも外も砂だらけだったわけだが」
永遠に続くのではないかと思ってしまうほどの砂。シャフマという国は砂漠地帯にあるのだ。
「……それもそろそろ終わりか」
何日も歩いているとさすがに終わりが見えてくる。砂漠を抜ければストワード王国である。
「水が尽きる前で良かったぜ」
ここまで白い布の異形たちには会わなかった。出現の条件があるのだろうか。
(ただのラッキー……?)
ストワード王国の街。建物は半分ほどは溶けているものの、何かに襲われた形跡はない。
「資料には赤の雨は建物を溶かす力があったと書いてあるな。シャフマ王宮はあまり被害を受けていなかったのはメルヴィルの結界のおかげだったのか」
「アレスト!誰かいる!」
「えっ!?人間!?」
「分からないけど……行こう!アレスト!」
人影を追う。しかし、すぐに見失ってしまった。
「あれっ?こっちに行ったよね?」
「あぁ。消えた……?うおっ!?」
屋根の上から何かが落ちた。いや、飛び降りた。土煙が上がる。
「あの高さから落ちた!?」
人間が落ちたら骨折は免れない。ノアが駆け寄る。
「……ふうっ」
「なんじゃ。まだまともな知性体が残っておったか」
「「……!」」
長い赤髪を一つに纏めた男。顔に傷がある大きな口、そして、
「尻尾!?」
大きな尾を持つ、魔族が現れた。
「魔族?それは一体何だ?」
「聞いたことがないのか。はあ……全く、最近の人間には呆れるわい」
近くの森で狩ったという兎の肉を焼いて食う。
「最近のって、あなたは何歳なの?」
ノアが聞くと、赤毛の男は曖昧に「200は超えておる」とぼやいた。
「200……魔族はそんなに生きるの?」
「我は竜族じゃから特殊じゃ。普通の魔族でも300年は生きるが、我の場合は500年は生きられる」
「そんな種族がいたのか……俺は全く知らなかった」
「あたしたちは記憶を失ってるから知らないのかも」
「いや……人間は知らん場合が多い。フートテチの一部の人間だけは魔族について理解しておるが」
あとは知らんじゃろうな。そう言って肉を頬張る。
「でも、とにかく……!強力な仲間が増えたね、アレスト」
「仲間?なんじゃそれは。我は仲間などになった覚えはないぞ」
「あたしたち、ストワード王宮に用があるの。あなたも一緒に来てくれない?魔族?のあなたがいたら心強いし!」
あの高さから飛び降りて無事でいられる身体能力を持つ仲間がいたらなんでも出来る気がする。
「我に何の得があるんじゃ。我はしゃふまに行きたい」
「シャフマ?」
アレストが聞き返す。
「そうじゃ。しゃふまには行ったことがないのでな。それで洞窟から抜け出したというのに、外に出たら知性体はおらんし、建物は溶けておる。何が起きたのかは知らんが……なんじゃその顔は、」
「いや……」
「ええと……何も知らないの?あたしたちみたいに?」
「知らん。150年以上洞窟に引きこもっておったんじゃ。外のことなど知るか」
「「……」」
アレストとノアが顔を見合わせて黙る。
「だが、まあ。退屈なのは確かじゃ。定期的な魔力補給を約束するならすとわーどおうきゅうまで行ってやっても良い」
「本当!?でもそれってどうやってするの!?」
「せっぷ、」
言いかけて口を閉じる。
「……袋に唾液を入れて我に渡せ」
アレストとノアの顔が静かに歪んだ。
「ここまでしてリュウガを仲間にする必要があった?」
アレストは不満げだ。魔族はリュウガと言うらしい。名前は無いからテキトーにそう呼べ、ということだったが。
袋に唾液を吐き出しては嫌な顔をしている。ノアはそれを直視しないようにしながら歩く。
「でもあの白い布たちが襲ってきたときに、あたしたちだけだと太刀打ち出来ないじゃん……」
「それはそうだが……」
「リュウガは狩りも上手いし、生存戦略を知ってる人と一緒に行った方が良いよ」
「そうじゃぞ。アレストと言ったな。おぬしはまだ若い。年長者の我の言うことを聞けい」
得意げに胸を張るリュウガ。すっかり楽しくなっているらしい。
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