第6話
白い布の異形たちが大広間に入ってくる。2階から、外から。すごい数だ。
「外の仲間を呼びに行ったの……?」
「結界があったのはそういうことだったのか。アレは俺を閉じ込めるためではなく、コイツらを外に出さないためにメルヴィルが、」
ゾナリスは変形した腕で玉座の近くにある資料を掴んだ。
「……あんた」
それをアレストに向ける。
「ゾナリス……というんだね。すまない。覚えていない」
「構わないよ、ぼっちゃん」
「逃げて」
「二さん……いや、ゾナリス!一緒に行こう!」
カチッ
「俺は感染してる」
ゾナリスは魔力で生きている。一ヶ月間、ずっとメルヴィルからの魔力供給で生きていた。メルヴィルが串刺しになった今、生きていられる術はなかった。
カチッ
「逃げて、ぼっちゃん」
「……だが、」
ゾナリスが目を細めて微笑む。
「ぼっちゃん、愛している」
「……!」
―アレスト、父はお前を
―愛している。
懐かしい声が頭に響く。父。どんな人物だったのだろうか。今生きているか分からないというのに、記憶は無いはずなのに。何故。
(リヒターさんの言った通りだ。アレストぼっちゃんは、ヴァンス国王のことは何故か思い出しやすい)
リヒターにアレストのことを教わっていて良かった。
「……俺、行くよ。すまない」
「ありがとう、ぼっちゃん」
「礼を言うのはこっちだ!あんたが俺の何かは分からないが、ここまで……尽くしてくれて……!本当に……すまな、」
「ごめんね、ぼっちゃん」
「ゾナリス!」
ゾナリスが異形の体を使って玉座の後ろの窓を割る。「王宮は老朽化が進んでいるが、金が無くて全く修繕が出来ていないのさァ!」なんて笑っていた男が、今目の前で涙を流している。窓が簡単に割れたことで自分たちだけが逃げられてしまうということに絶望している顔をしている。それがどうしようもなく、面白くて、愛おしいと思った。
「ありがとう」
「俺を救ってくれて」
ゾナリスの角が、尾が、翼が大きく膨らむ。異形の腕に抱えられたアレストと尾で掴まれたノアが、外に投げ飛ばされる。
「ゾナリス……!!!」
正気を手放す前に見えたのが、アレストの顔で良かった。と思う。
(あぁ……俺があなたの子を抱いて『旦那』なんて呼べる、そんな未来が……)
(あったなら……)
―リスおじ!遅おい!置いてっちゃうよお!
―ゾナリス。俺たちと一緒にフートテチに来てくれるんだろう?最初からへばってどうするんだ?
―ははは……ラビーぼっちゃんもザックぼっちゃんも手厳しいなあ……。もうちょっとオジサンに優しくしてよ……。
(剣の……呪い……か……)
消えゆく意識の中で、メルヴィルは己を突き刺すそれの言葉を聞いていた。
―永遠なんてない。
(『砂時計』をつくった剣……俺の体内で……俺を突き刺せるのを待っていたのだな……)
千年分の寿命を前借りしてつくられた『砂時計』の砂になった人々は、この剣でころされた。
(俺はこの剣を……後世に託すつもりだったが……)
―メルヴィル!大変よ!セルジュがあの剣を持ち出したわ!
―アンジェ。……ふっ、そうか。アイツもそこまで強くなったか。
―えっ。止めないの?
―持ち出せるようになるのを待っていた。だが、まだまだだな。剣の腕は俺には及ばん。誰かに稽古をつけてもらえると良いのだが……。
―危険な剣だってあんなに言ってたのに、セルジュが使えるようになって嬉しいなんて、変よ。
―くくっ。それが父親というものなのかもしれん。
―何言ってんのよ。男って本当意味わからないんだから!
『砂時計』が出来たかつてに栄華を極めたシャフマ王国の王宮。その真ん中で、一人の若い剣士が串刺しにされたまま、異形たちに食われ、絶命した。
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