第4話

「ぼっちゃん、」

「チッ……やめろ。俺をそう呼ぶな」

「……ごめんね」

カチッ、機械の音の後に聞こえる人の声。男の声。

メルヴィルは目を伏せ、剣を仕舞う。

「ごめんね、ぼっちゃん」

「よせ……」

「団長」

「もう長くなかった。それに、こうなったらもうどれが誰だか分からん」

二が白い布を捲る。血に塗れた眼帯。二よりも薄い色の髪の毛。一の色。

カチッ……。

「と」

カチッ

「む」

カチッ

「ら」

布の中でスイッチを押す指が止まる。震えて押せないのだ。

「弔い、だな。ゾナリス」





「メルヴィル王子は人間だった」

「あぁ」

「意思疎通ができる人いて良かった」

「俺とは話してくれないさ」

「でもさっきは救ってくれたよ?」

「ノアを救ったのさ」

アレストは自嘲する。

「もういいさ。慣れている。……それより」

アレストの部屋で二人向き合う。先程の光景は何だったのか。

「あの白い布の中は、おそらくだが」


「呪いをかけられた人間の成れの果てだろう」


「……呪い?」

「大災害が起きた後に、大粒の雨が降ったらしい」

アレストがカーテンを開けて窓の外を見る。地平線。

「真っ赤な雨。それを浴びた知性体は呪いを受けて……異形になったと、記録を見つけた」

「メルヴィル王子が書いたのかな」

「おそらくそうだ。あの王子と俺、そしてあんたは偶然浴びなかったんだろう」

「それで知性体がほとんどいない……」

「全て憶測だがな。俺は記憶が無いから」

アレストはため息をついた。

「ここを出ても、あの異形たちしか存在していないかもしれない」

「で、でも!あたしたちみたいに偶然浴びてない人はまだいるかも……!」

「呪いは感染する」

「……!」

「体液で感染するらしい。噛まれたら終わりさ。この王宮のように相当な備蓄と設備がない場所にいた知性体はこの1年の間に呪いを受けていると考えた方がいいぜ」

ノアはゾッとする。自分には関係の無い話だと思っていたというのに。

「どうしてこうなったのかは分からないが、きっと俺のせいだろうな」


「……俺が世界を終わらせた。だから何も知らずに生き残っている」


「アレスト、そんなこと……!」

「ないと言い切れる?」

「言い切れはしない……でも!」


「正しいことを知ろう!アレスト!」


ノアは叫ぶ。


「せっかく生き残ったんだから。ね?」


「……」






王宮の裏。二とメルヴィルは墓地にいた。

「ベノワット、お前はこれしか残らなかったな」

二が眼帯を埋める。

「アンジェも髪しか残らなかった」

隣にはアンジェの墓が。

「いくら謝っても足りん。俺とボンクラとルイスしか生き残らなかった。騎士団長のお前からしたら、許せんだろう」


「ベノワット……」




―アレスト……が……!!チッ……!ルイス!俺に剣を!!!俺が行く!


―メルヴィル!


―ベノワット!アンジェを頼む!


あの日。アレストの30歳の誕生日。ルイスがやられた。血を吐いてもう長くないルイスから剣を奪い、一直線に異形のアレストに向かって走る。


―お前をころすのは俺だと……!言ったはずだっ……!!!


走る。走る。走る。足の痛みなど忘れて。


―アレストォオオオオオオ!!!!!!!


お前のせいだ。お前のせいでずっと不自由を強いられた。

お前のせいで弟子がしんだ。お前のせいで国が滅びた。父が最初からあんな男だったのだって、お前との千年の因縁があったからだ。

だからお前をころすのは、俺でなければならない。


それでも、


剣は、メルヴィルが持つべきではなかった。



―…………は?



消えたのだ。メルヴィルの、体内に。


―どういうことだ!?メルヴィル!?


ベノワットの声が遠い。血の気が引く。全て理解する。


父がこの剣を手放さなかった理由を。因縁が断ち切れぬ理由を。


異形のアレスト……シャフマ神が笑った気がした。

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