第1章『シャフマの』

第1話

扉をノックする音。

「ぼっちゃん、失礼します」

機械的な声が聞こえ、アレストが扉を開ける。

真っ白な布で顔と体を隠した何かが2人分の食事を床に置いた。2人の顔を見ることはなく、背を向けて動き出す。

「ま、待って!」

ノアが呼びかけると、一瞬肩部分が跳ねる。

「あなたは誰?」

「無駄だよノアサン。口がきけないんだ」

白い存在は何も言わずに部屋から出て行ってしまった。

「あたし、後を追ってみる。いいよね?」

「あぁ。どうせこの部屋にいたって退屈だしな」

ノアは白い背中を追いかける。普通に歩いている人に布を被せてあるだけのようだ。

アレストはあの布を無理やり取ったりしないだろう。そんな豪快なことをやってのける性格じゃないように見える。なら自分がやってやる。

しばらく着いて行くと、ある一室の前で立ち止まる。扉を開けて中に入った。小さい部屋だし、自室だろうか。

ノアはドアの小窓から中を覗く。

布を被ったまま、ベッドに座り込んでいる。ピクリとも動かない。眠っているのだろうか。

部屋はアレストのものより狭かった。最低限の生活家具は揃っているようだ。装飾は……小さな机に一枚の写真立てが置いてあるだけ。

もっと中を見たいところだが、白い布の存在が不気味で入ることはできない。

(でも、さっき声をかけたら気づいた。耳はあるんだ)

それに、歩いているときに足音もした。身長的にはアレストと同じか少し高い程度だろう。布のせいで分かりにくいが、細身の成人男性のような体格が近い気がする。

「……ん?」

床に毛が一本落ちている。拾って見ると、濃い茶色の毛のようだ。長さ的に髪の毛だろう。

(やっぱり中に入っているのは人間だ)

人間以外かもしれないと思ってしまったのは、一切喋らない白い布の中身、王宮の外の砂漠、それらの非現実性からだ。

(でも、人間なら怖くない。分かってしまえば話せるかもしれない)

勇気を出して扉をノックする。

住人はまた肩を跳ねさせ、ゆっくりと扉に近づき、開けた。

「あ、ありがとうございます……ええと」

拒否されると思っていたが、どうやら歓迎的なようだ。

「私はノア。あなたは?」

「……」

布の下から指が出る。人間のものだ。ピースサイン。

「?」

首を傾げて両手でピースサインをするノア。白い布が横に揺れる。

「違うんだ……あ、2ってこと?」

今度は縦に揺れる。『2』と番号がつけられているらしい。

「2、か。二……さん?男の人?と、いうか人間?」

首を縦に振る。

「そうか。二さんっていうんだ。でも呼びにくい。あたしが何か名前をつけてあげる。……あれっ」

先程見た、机の上にあったはずの写真立てがない。ノアが部屋に入る前にどこかに隠したのだろうか。

「名前は、思いついたときにつけるね。と、とりあえずよろしくね」

友好的なことを示すために挨拶をする。2は頷いた。

(筆記だったら情報を教えてくれるかな。今度ペンと紙を持って来よう)

アレストの部屋ならばアレストが使っていたものがあるだろう。今は意思疎通手段がない、仕方が無いので一旦アレストの元に戻ることにしよう。

「……」

2は申し訳なさそうにノアの顔を見つめている。そんな気がした。

「また来るね。今度はもっとお話しよう。アレストも連れて来……」

2がノアの腕を掴んだ。強い力だ。

「……アレストには会いたくない?」

頷く。

「……分かった」

(何で会いたくないんだろう。人間なら、皆で協力した方がいいと思うのに……)

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