同一人物少女[ドッペルゲンガール]

学校、バイト、部活、家族の世話、何もかも面倒くさい。もう一人、自分が居て、全部代わりにやってくれたら良いのにな。



夢を見た。

目の前に、少女のような、少年のような、お姉さんの様な、お兄さんのような姿で、でも自分からは遠い場所に居るようで親近感も感じる人が居た。

それが話しかけてきた。



――耳鳴りがして、目が覚めると、目の前に自分が居た。


「あなたは、誰?」

「始めまして、あなたの分身です。今日から、私があなたの代わりに、面倒なこと全部、完璧にこなしましょう」


その自分は、非常に魅力的な提案をする。


「つまり私は...」

「何もしなくて結構です」



――それから、私は本当に何もしなくて良くなった。


家族への挨拶も、妹弟の世話も、学校も部活もバイトも、僕が背負う義務全て。

それを任せている間、私は自分の部屋にこもって趣味の読書、ゲーム、アニメに興じる。


でも、この生活を続けてはや1ヶ月。そろそろこの生活にも飽きが来た。


「たまには、私が行ってもいい?」


朝起きてすぐ、僕はそうもう一人の自分...ドッペルゲンガーに話しかける。


「いいよ。たまには逆も悪くないし」


案外すんなりと進んだ。

久しぶりに家族の世話をする。皆一ヶ月前と変わらない。

久しぶりに学校に行く。異変はその時起こった。



「一ヶ月前のいつも」の通り、私は教室に入るなりすぐ席に着く。普段はこれで授業を受けて帰るだけ。それだけだった。


「おっ、矢吹おはよ~!」

「えっ」


声をかけられた。相手は私の苦手な陽キャグループのリーダーだった。


「オイオイどうした~?元気ないんじゃねーの?」


もちろんこんな人と絡んだことなんて無い。つまりこれは...ドッペルゲンガーの仕業だ。


「んだよ、ノリわりーな。まるで一ヶ月前に戻ったみたいだな。最近のお前のほうが好きだったよ」


声を出す前に、彼は離れていく。


今日教室で話しかけられたのは、これが最後。ヒソヒソ後ろ指を刺されていたような気もするけど。



入っている部活、美術部でも同じようなことが起こった。


「今日調子悪い?なんか細部が甘いよ?」

「いつも通りだと...思いますけど?」


先輩と指していると、そう指摘される。


「ここ一ヶ月、急に上手くなったと思ったんだけど」


やはりドッペルゲンガーの仕業だった。


今日はバイトがなかったので、すぐに帰った。

家に帰ると、母が話しかけてきた。


「おかえりなさい~ちょっとこっち手伝ってもらって良い~?」

「帰ってそうそう五月蝿いなぁ!ちょっと待ってくれよ!」

「なによ。最近ちょっと優しくなったと思ってたら。」


そのまま二階、自分の部屋に入る。

そこでは、ドッペルゲンガーがゲームをしてくつろいでいた。


「なあ、お前、学校や家で何をした」

「何もしてないよ。君のやるべきことを完璧にこなしただけだ」


完璧に。交友関係も部活も家族の世話も、完璧に。私よりも上手く。



――私って、何のために居るんだろう。


私よりも上手くできて、なりかわれるドッペルゲンガーが目の前にいる。

つまり、私の上位互換が居る。なのに、私は必要なのかな?


私よりもドッペルゲンガーのほうが良いんじゃないか。


あの陽キャにとっても、部活の先輩にとっても、家族にとってすらも。



――私って、いらないんだ。


次の日、『私』は消えた。部屋に手紙一枚を残して。向かったのは、午前五時始発の終着点。

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