井伊和恵子の幸福

金澤流都

いいわけする女、誤魔化されない男

 恵子は小学生のころからいいわけが得意だった。いや、幼稚園、もっと前からかもしれない。人生最初の記憶は、親が隠していたチョコレートを見つけて食べて、「だってじいじが食べていいって言ったもん」と嘘を言い張ったことだ。そして犯人にされた祖父は孫可愛さに嘘でも認めてしまったのだ。

 それに味をしめてか、恵子は小学生になってからは宿題をやってこなかった言い訳に「やったけど忘れてきました」を言う子供になり、中学生になって体育が面倒だと「体調悪いんで」と言う少女になり、高校になると赤点をとったときに、同じく赤点の美人の同級生を動員して先生にゴメンしてもらうにあたり「ゆっこがOKならあたしもOKでいいですよね?」という娘に成長した。


 そんな恵子もいまでは社会人である。いいわけが得意という個性は意外な強みを発揮していた。今朝は寝坊して慌ててぐちゃぐちゃの格好で通勤してもちろん遅刻で、なによそれとお局様に叱られると、「だって昨日先輩に潰される寸前まで飲まされたじゃないですか、起きたら遅刻でしたよ」と、非がお局様のほうにあるように仕向けた。お局様は反省した。しかし恵子はザルなので、潰れるということは基本的にないのだった。


 恵子と同じプロジェクトチームにいる、中島という男性社員は、恵子の物おじせずいいわけする姿を好ましいと思っていた。なので、その日中島は恵子をランチに誘ったが、恵子は慌てて出てきたので財布がすっからかんだった。ズボラなのでスマホ決済も残高が少ない。

 それをいいわけに恵子はランチのお誘いを断ろうとした。穏やかなおひとり様人生を送りたいからだ。

「じゃあおごるよ」

「……はい?」


 さすがにおごるとまで言われると恵子も断りきれない。仕方なく流行りの店のサンドウィッチをぱくついて、恵子は真面目に生きようかな、と考えた。

 幸せになりたいと、いいわけすることにした。

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