私と後輩

うり北 うりこ

私と後輩

「あーぁ。また怒られてる」

「さっさと謝れよ」


 同僚の言葉に、上司に怒られている後輩を見る。口答えなんかして要領悪いんだから。

 さっさと諦めればいいものを。きっと心を守る魔法の言葉を知らないんだ。


 仕方がなかった。

 相手が悪かった。

 運がなかっただけ。


 ほら、らくになる。正しく生きたって、努力したって、理想が手に入るとは限らない。さっさと諦めてしまえ。堕ちてこい。

 そう願うが、後輩は変わらない。



「ねぇ、なんで言い返すの? うまくやりなよ」

「……はぁ」


 後輩に声をかければ、間の抜けた声が返ってきた。


「空気悪くなるじゃん」

「そうですか」

「ここ謝るところでしょ?」

「なにも悪いことしてないんで」


 どうでもいいと言わんばかりの表情にカチンとくる。


「協調性くらい身に付けてよ」

「上司のご機嫌とりなんて御免です」

「年長者をたてるのも仕事でしょ」

「仕事もしないで文句ばっか言ってるやつもですか?」


「でっでも、社会のルールってあるでしょ。上司には従いなさいよ」

「お客さんより上司の意見優先なんて無理です」

「そんなこと言ってないでしょ! だから、あんたは嫌われるのよ!!」


 一瞬だけ驚いた表情をした後輩は嘲るように笑った。


「おかげで決心がつきました。ありがとうございます」



 後輩が辞表を出したと噂で聞いた。別の会社に引き抜かれたらしい。



 最終日。きっと謝る最期のチャンスだ。でも、私の口から出た言葉はそれじゃない。


「なんで辞めるの?」

「色々と考えた結果です。先輩もいいわけばかりしてないで自分で考えた方がいいですよ」

「はい?」

「仕方がなかった。相手が、運が悪かった。それって本当に努力した人しか使っちゃダメでしょ」


 言葉も出ない私を気にもせず、後輩は去っていった。


 仕方がなかった。

 相手が悪かった。

 運がなかっただけ。


 だって、これは魔法の言葉で──。



 私のなかの何かがグシャリと音を立てて潰れた気がした。



 




 



 

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