三つ目の願い事

丸子稔

第1話 レオへの手紙     

 今から約十年前の、まだ幼稚園児だった頃、俺は生まれつき身体が弱かったせいで、周りの園児から仲間外れにされることが多かった。

 そのことで「幼稚園に行きたくない」と母親に駄々をこねると、決まって「身体が弱いことを、いいわけにしちゃダメよ」と諭され、嫌々ながらも毎日通っていた。


 そんなある日、猫好きだった俺の要望に応え、母親が猫カフェに連れて行ってくれた。

『猫なで声』という、ちょっと変わった名前のそのカフェには、様々な種類の猫がいて、俺はすぐに夢中になった。

 その中でも、レオという雄の子猫が俺の一番のお気に入りで、店に行くと必ずレオと遊んでいた。

 レオはなぜか他の客に全く懐こうとせず、そんなところが益々俺を夢中にさせていた。


 そんなレオだったが、ある時俺は『猫なで声』で衝撃の場面を目撃してしまった。

 なんと、あのレオが、他の客と楽しそうに遊んでいたのだ。

 その客は、占い師のような恰好をした胡散臭い中年男で、レオはそのおじさんに、いいように操られていた。

 そんなレオの姿を見て、俺は子供心にショックを受け、そのまま店を飛び出した。


──ちくしょう。レオのやつ、ぼくにもあんな顔見せたことないのに……


 その出来事があってから、俺はレオへの熱が一気に冷め、『猫なで声』にも行かなくなった。

 




 現在中学三年の俺は日々勉強に追われている。

 勉強の合間に見ていた猫の動画がレオに似ていたことから、俺は猫カフェに通っていた頃のことを思い出していた。


──レオのやつ、まだあのカフェにいるのかな? 休憩がてら、ちょっと覗いてみるか。


 母親に「ちょっと散歩に出てくる」と言って出掛けようとすると、「さっき勉強始めたばかりでしょ。散歩なんてしなくていいから、さっさと勉強しなさい」と、すげなく返された。


「参考書買わないといけないんだよ」


「また、そんなこと言って。第一あんたお金持ってるの? そんないいわけしてるひまがあったら、英単語の一つでも覚えなさい」


「うるせえな! 後でちゃんとやるから、とにかく行かせろ!」


 俺は半ば強引に家を出て『猫なで声』へ向かった。


 やがて『猫なで声』に着くと、俺は見覚えのある店員に「レオって、まだいますか?」と訊ねた。


「残念だけど、レオは先月、病気で死んじゃったんだ」


 悲痛な表情でそう言う店員に、俺は返す言葉が見つからず、「……そうですか」と絞り出すのが精一杯だった。


 もう少し早く来ればよかったと悔やむ俺に、店員は「君、たしか十年くらい前に、よくウチに来てた子だよね?」と訊いてきた。


「はい。でも、よく憶えていましたね」


「レオといつも遊んでたから、君のことはよく憶えてるよ。なんせ、レオは他の客には、まったく懐かなかったからね」


「じゃあ、俺が来なくなった後も、レオはそんな感じだったんですか?」


「基本的にはそうだけど、ある一人の客に対してだけは、妙に懐いてたな」


「もしかして、その人って、占い師みたいな恰好してませんでした?」


「そうそう。その人は催眠術師だったんだけど、今思えばレオは催眠術にかかってたんじゃないかな」


「えっ! 催眠術って、猫にもかかるんですか?」


「さあ? 詳しいことはよく分からないけど、そうとしか思えないんだよな」


──なんだ。レオはあのおじさんに懐いてたわけじゃなかったのか。


 俺は妙な安心感をおぼえながら、そのまま『猫なで声』を後にした。


 家に着くと、俺はすぐさま『天国のレオ』宛てに手紙を書いた。


『レオ、俺のこと憶えてるか? 十年前、お前とよく遊んでた子供がいただろ? その時の子供が俺だよ。お前と遊んでた時は本当に楽しかったよ。他の客には全く懐かなかったお前が、俺だけには心を開いてくれたからな。俺、あの頃身体が弱かったせいで、友達が一人もいなかったんだ。そんな俺にとって、お前は唯一の友達だったんだ。けど、お前が他の客と遊んでいる姿を見て、俺はなんか裏切られたような気持ちになってしまったんだ。それで、その日以来『猫なで声』に行かなくなったんだけど、どうやらそれは俺の勘違いだったようだな。お前は懐いてたわけじゃなくて、催眠術にかかってただけなんだろ? たく、紛らわしいことしてんじゃねえよ。そのせいで、俺はお前と遊ぶ気がなくなったんだからな。本当はもっと、お前と遊んでいたかったのに……まあ、グチっぽくなるから、そろそろ終わりにするよ。俺は決してお前のことが嫌いになったわけじゃないんだ。これはいいわけじゃなく、あのおじさんに嫉妬してただけなんだよ。これだけはどうしてもお前に伝えたかったんだ。じゃあな、レオ。そのまま安らかに眠ってくれ』


 幼稚園に通っていた頃、先生から「神様に真剣にお願いすれば、人生の中で三つだけ叶えられる」と教えられ、俺は既に二つの願い事を叶えていた。


 一つ目は身体が丈夫になることで、二つ目は好きな子と両想いになること。

 三つ目はもう少し後にしたかったんだけど、まあ仕方ないか。


──神様、この手紙を天国のレオに届けてください。その際、ちゃんとレオが読めるように、ネコ語に翻訳することを忘れないでくださいね。


 そのままこっそり家を出ようとすると、靴を履く音が聞こえたのか、母親に呼び止められた。


「勇太、どこに行くの? もうすぐ、ご飯できるわよ」


「参考書を買いに行くんだよ」


「またそれ? もう少し、マシないいわけできないの?」


「悪かったな、ワンパターンで。でも、いいわけするのは今回で最後にするから、行かせてくれよ」


「早く帰ってきなさいよ」


 最後という言葉が効いたのか、母親は割とあっさり引き下がってくれた。


「ああ。すぐ帰ってくるよ」


 家を出ると、さっきまで降っていた雨がすっかり上がり、遠くの方に虹が架かっていた。


──レオ、お前はあの橋を渡って天国に行ったんだな。


 そんなことを考えながらぼんやり眺めていると、こちらに向かって微笑んでいるレオが見えたような気がした。

 俺はそのまま近所の郵便局まで走って行き、天国のレオに宛てた手紙を投函した。


  了

 


 

 




  


 








 


 

  

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