或る男の供述

月見 夕

違う

 いや、違うんですよ。

 さっきの刑事さんにも言いましたけどね、俺何もしてないんですって。

 向こうが俺に惚れ込んでただけで、俺は別に大して好きでもなんでもなかったんです。むしろ俺の方が被害者っていうか……。


 あ、気になってるね? やっと聞く気になった? 俺の話。

 じゃあ話してあげないこともないかなって――分かった分かりましたごめんなさい聞いてくださいお願いします今から話しますから。


 そうだなあ、どっから話すかな……最初から?

 うーん、まあ始まりというか、出会いはアレよ。俺のライブに彼女――ってかもう元カノだけど。アイツが来てたんだよ。

 それなりに長いことバンドやってたらさ、やっぱ分かんだよね俺。何がって? 俺の才能を見つけてくれる女の目。

 キラッキラしててさ、薄暗いライブハウスでも一際目立ってたね。

 まあ俺もルックスは悪くないし、ボーカルで比較的他のメンバーよりモテるからさ、「あーまた惚れさせちゃったか」なんて思った訳よ。刑事さん、ここ笑うとこじゃないんだけど。


 まあ何やかんやあってあれよあれよという間に付き合うことになって――ん? その「何やかんや」って何だと?

 細かいなあ。男と女が出会って意気投合したらアレよ。出会ったその日に一緒に酒飲んでホテルよ。

 まあ盛り上がったし? 相性悪くなかったし良い拾いもんしたなと思ってた訳だ。少なくとも俺はな。


 そん時別の女の家に住んでたんだけどさ――ん? 免許証には載ってねえよ。俺が勝手に転がり込んでたんだから。ヒモやってたんだよヒモ。皆まで言わせんな。

 まあその前の女も金寄越せって言っても渋るようになって来てたからな、こりゃ幸いだと思って捨ててやったのね、そいつ。


 で、新しい彼女の家に転がり込んだらよ、すげえんだ。独身の癖にさ、良い部屋に住んでんだよ。高層マンションの最上階ワンフロア全部彼女の部屋だったの。ベルベットの家具とか初めて見た。ホームセンターで買ったよく分かんねえ棚とかひとつもねえんだよ。


 話聞いたら親父が相当な金持ちらしくてさ、「若い頃から本物に触れておけ」って耳にタコが出来るほど言われてたんだそうな。まあ端的に言うと生きる世界の違うお嬢様だった訳だ。

 俺にとっちゃ好都合だったぜ。

 家にあるもんは何でも勝手に使っても食ってもいいし、金くれって言ったらいつでも笑顔で札束出してくれるし、広いベッドで寝られるし、暇になったら適当に抱ける女もすぐそこにいるしで、天国だと思ったな、あん時は。


 1ヶ月くらい経った頃かな、散々抱き潰した後の彼女がベッドで言ったんだ。「どこにも行かないでね」ってな。

 刑事さんも男だから分かるだろ? ヤッた後って全てがめんどくさくなるよね。だからさ、俺煙草吸いながら「はいはい」って適当に返事してた訳。一応頭撫でたりしながら。

 まあそこは飼われてる側の最低限のアフターフォローみたいなもんだろ。女ってなんか抱かれた後も精神的に満たされたい欲求あるじゃん? 俺も伊達に10年近くヒモやってねえよ。

 そしたら途端に彼女が笑顔になって、「良かったあ」なんて言いながらさ、俺のスマホを拾ってキッチンに行ったんだ。


 何事? と思ってさ、ダルいなあと思いながら追いかけたら、彼女が包丁持って立ってんの。笑顔で。

 いやマズイでしょ。怖えだろ? 全裸の彼女がさ、満面の笑みでさ、片手にスマホ、片手に包丁持ってるとこ想像してみ? な、怖えだろ。

 嫌な予感がして包丁取り上げようとした瞬間にさ、画面にまっすぐ包丁突き立てて真っ二つになったんだよ、俺のスマホ。

 スマホ手に持ったままそんなことするからさ、本体の裏から飛び出た刃が彼女の掌にも刺さってて、ダラダラ血が垂れてんの。

 でも笑ってる。もう恐怖よ。


「どこにも行かないなら、こんなのいらないよね?」って彼女は言うんだ。その時点でやっと気付いたよ。あちゃー、地雷女引いちゃったかって。まあバンギャには一定数いるからさ、重い女。普段は気を付けてんだけどね。

 包丁片手にそんなこと言われて何も言えなくてさ、とっさに「もちろん」って言ったのが余計マズかったな。

 その日から俺は一歩も外に出る事を許されなくなったんだ。


 食べる時も寝る時も風呂もトイレも彼女と一緒。ずーっと付いてくんの。服着るのもダメって言われてさ、全裸で犬みたいに首輪付けられて、彼女がヤリたい時にヤんの。

 ありゃあ完全な主従関係だったね。ヒモとしてぶら下がってりゃいいだけだった俺が、あの女のペットになっちまったんだよ。

 人間としての尊厳を奪われるわ、スマホなくて外の世界との繋がりはなくなるわで散々だったよ。何とかして出たい、ここを出ようと決心したのがそれから1ヶ月くらいかな。それがだから先週。

 そりゃすぐにでも出たかったよ? でも怖えよ。今度行動をミスったら刺されるのは俺だからな。


 彼女に悟られないよう、従順なペットを演じながら俺は頭ん中で散々計画を練った。あの女が隙を見せるタイミングはないかってな。

 でさ、気づいたんだ。彼女、夜中にイビキかくんだけど、それが熟睡の合図なんだよ。多少ガサガサしてても起きねえの。だからさ、何とか脱出に使えそうなもんがないか探したよね、俺。

「その間に逃げればいい」って? 甘いな。彼女は心配性だから、俺の首輪にセンサー仕込んでたんだよ。だからそのまま玄関に近づくとブザーが鳴んの。首輪は鍵付きで俺には外せないんだ。鍵は窓から投げ捨ててた。


 俺があの部屋を出るには、ブザーが鳴っても彼女が追ってこない事が必須条件だ。そのためには必要な物が、あの部屋にはあった。

 やっと見つけたんだよ、大量の睡眠薬を。

 なんであんな量を持ってたのかは知らねえよ? 元々精神科にでも通ってたんじゃねえの、知らねえけど。

 錠剤をそのまま飲ます事は出来ねえから、バレねえように毎晩ちょっとずつ拝借して、磨り潰して粉にしたんだ。それが結構溜まったんで、昨晩実行に移したんだよ。一世一代の脱出計画を。


 アイツは俺と風呂に入る時に酒飲む習慣があってな、昨日も「キスして飲ませて」って言ったんだ。

 だから俺は「しめた!」って思ってさ、口の中に粉状の睡眠薬をこっそり忍ばせ、酒を含んで彼女に注ぎ込んだんだ。

 はじめは喜んでたよ。いつも通りな。でもさ、段々ぐったりしてきて、自分で身体を支えきれなくなってきたんだ。

 薬が効き始めたんだって俺は嬉しくなってさ、そのまま風呂場を飛び出して適当に服着て、部屋を飛び出した。外は夜中だった。

 で、久々に外の空気を吸って開放感を感じてたところに、巡回のお巡りさんが声掛けてきたって訳。気が動転してて気づかなかったけど首のブザー鳴ってたし、何より俺、下履いてなかったんだよね。


 俺の話はそんな感じ。

 で、どうなんの? アイツは。どんな罪に問われるのかねえ。

 え? ……ああそう、死んだの。まあ酒と一緒に睡眠薬飲ませたまま風呂に置いてきたからな。風呂場を出る時に振り向きもしなかったけど、浮いてたんでしょ、多分。

「あっさりしてるね」って? 刑事さん、俺の話の何を聞いてたんだ? これどっちが悪いと思う?

 車両事故で言ったら単純な10対0ジューゼロじゃないっしょ?

 まあ人がひとり死んでる訳だから俺も無傷じゃいられないのは分かるけどさ。

 何て言うんだっけ、こういうの。情状酌量? の余地的な? 頼むよ、俺まだ若いんだしさ。


 自業自得だろって?

 ああそう。じゃあそれでいいよ。

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或る男の供述 月見 夕 @tsukimi0518

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