08話

「渡邊先輩っ」


 白木の声が聞こえてきたと思ったらぶっ飛ばされて情けなく地面に転ぶ羽目になった。

 いやなんでだよ……と文句を言おうとしたが何故かできなくて次に目を開けたときには柔らかいなにかに頭を乗っけていたことになる。


「起きた? 痛くない?」

「ああ、ん……?」


 ああ、膝枕をしてくれているのか、だからベンチに寝転んでいても痛くない。

 いや待った、なんでこうなった? もしかしてまた情けないところを晒す羽目になったのだろうか。

 今日は誘われていなくて一人で適当に歩いていた、途中で喉が渇いて珍しく信号以外の理由で足を止めて飲み物を飲んでいたらそれ、ということになる。


「ここは公園よ、あの子に呼ばれて行ったらあなたが倒れていたから連れてきたの」

「重かっただろ? 悪かったな」

「いえ、それより当たり前のようにあの子といるのね」

「たまたまだ、久しぶりに一人だったから歩いていたんだよ」

「これなら誘っておけばよかったわ」


 俺的には誘ってくれても誘ってもらえなくてもどちらでも構わなかった、紗良だってたまには家でゆっくりしたりする時間が大切だろう。

 部活をやった後だというのも影響している、こちらばかりが時間を貰ってしまうのは申し訳ない――というのはいまの紗良からしたら必死に言い訳をしようとしているようにしか見えないのだろうか。

 そもそもの話、大好きな歩くという行為をしていたのにそこまで楽しめていなかった事実からは目を逸らせない、結局、甘えすぎてしまわないように自分が一人で言い訳をしているようなものでしかない。


「今日、半日とはいえ久しぶりに紗良と過ごさない日になったけどさ、なんか物足りなかったよ」

「だからあの子――いえ、いまはどうなの?」

「紗良の顔を見られると落ち着くよ」

「落ち着くだけ?」

「……後輩が来てくれるからといってと年上が甘えすぎてはいけないって言い聞かせていてもさ、前とは違って駄目なんだよな」


 顔を見ないようにすることはできるが完全に逃げることはできない、寧ろすぐに「こっちを見て」と言われて戻す羽目になった。

 こういうときに限って柔らかい笑みを浮かべられていてどうしようもなくなる、何故こんなに弱くなってしまったのか。

 前までの俺だったら紗良の笑顔を見てもいちいち引っかかったりしないで向き合うことができた、意識を持っていかれても笑っているな程度で終わらせることができたというのに……。


「って……」

「なに?」

「……いつの間にか俺と紗良の立場、逆転しているよな。気づけば俺の方が求めるようになっている、恥ずかしいことじゃないけどできれば紗良が求めてくれていた方がよかったな」

「なにを言っているのよ、ここは公園なのよ?」

「なにをって俺の中の本当のところを吐いているんだよ、紗良も――顔が赤いぞ? 風邪か……って、真似をしている場合じゃないよな。さ、これ以上はあれだから帰るか、続きは俺の家か紗良の家でやろう」


 学生にとっては冬休みということで遊んでいる子どもがそれなりにいる、だというのにずっとこんなことをしてもらっていたら子どもに歪んだお願いをさせてしまうかもしれないから帰るのだ。


「や、やろうってなにを……? まさか……」

「はは、紗良がいいならそのまさかでもいいんじゃないか?」

「なによそれ、ばか」


 礼を言って立ち上がって手を差し出す、迷いなく掴んでくれたから優しく引っ張った。

 なにも言わずに歩いていると「峰君のお家に行くわ」と、でも、それからは黙ってしまったから静かだった。

 家に上げてからもそう、だから持ってきた飲み物を飲んで意識を逸らしておくしかない。


「呼ばれて行ったとき、珍しくあの子が動揺していたわ」

「ぶっ飛ばしてその人間がすぐに復活しなかったらそりゃそうなるだろうな。だけど白木にしては意外だな、へらへら笑って『渡邊先輩の自業自得ですっ』とか言っていそうなのに」


 なんなら相手が俺なら追加で攻撃を仕掛けていそうだった、で、そこを紗良に見られて必死に言い訳をしているところが容易に想像することができる。

 まあ、どれだけ時間が経過しようと白木からしたら紗良に近づく怪しい年上野郎ということで気になるのだろうし、俺が求めたことでもあるからこのままでいい……というか、嫌だと考えていても変わることばかりではないと言うのが正しいだろうか。

 

「そんな子ではないわよ、それに学校では本当に大人しいのよ? 私から行かないと話すこともできないぐらいにはね」

「それって友達じゃないんじゃ……」

「お友達よ、でも、本当はなんに対してでも怖がる子なの」

「じゃあ俺がいるときの白木は装っているだけってことか? 無理そうだけどな」

「隠そうと必死になればできるわよ」


 する意味もない、学校で彼女のことを気にしてくれればいいのだ。


「一年生のときの私が正にそうだったわ、小学生のときはちょっと怖くて近づけなかっただけだけど」

「まあ、逃げたりはしていなかったけど口数も少なかったよな」


 俺が話しかけてもちゃんと答えてくれたものの、それでも毎回そこで止まってしまっていたから少し寂しかった。

 だから友達の妹だから関われているだけという風に考えることでやらかしてしまわないようにしていた、実際、そうやって常に意識をしていたことで問題となることもなかったと思う。


「ええ、だけどこのままじゃいけないと思って四月から変えたの。あなたは幸い、急に変えてもいちいち聞いてきたりはしなかったからやりやすかったわ、昔からそうだけどなにかを頼んで甘えても受け入れてくれていたのも大きかったわ」

「そりゃあまあ自分にできることだったし、俺がそもそもそういう人間だったからな、あとは由良の妹だからというのが強くあった。だけどここまで俺が変わるなんてな」

「確かに変わったけど相変わらず触れてはくれないわよね、お姉ちゃんにはするのに……」

「いや、由良に対するそれと紗良に対するそれは変わっていないだろ」


 それこそそもそもという話だ、べたべた触れるような人間ではない。


「なんでそこだけ変えてくれないの?」

「会うたびに抱きしめられたら嫌だろ? あ、手を握ってきたりもさ」

「まだされたことがないから分からないわね、ほら、やってみて?」

「……どうだ?」


 こういう形になればやることができるがそれ以外では無理とまではいかなくても期待をするのは間違っている。

 ただ、言葉だけでは足りないということなら……。


「少しぎこちないわね、でも、嫌な気持ちにはならないわよ?」

「な、なんだよこの時間は、さっきから俺ばかりがやらされていないか?」

「あなたが頑張るって言ってくれたんじゃない」

「じゃあもうずっとこうしているからな」

「ふふ、やっぱりそういうところはまだまだ子どもね」


 ずるいだろこれは、だから惚れた方が負けるようになっているのか。

 こっちにとっては初恋みたいなものだからまだ上手くいきそうなだけマシなのかもしれない、ではなく、ありがたく思っておかなければならない件だった。

 そのため、少しぐらい恥ずかしい時間が続いても仕方がないと片付けるしかない。


「冗談だけどさ、そうだよ、俺はまだまだ子どもだ」

「すねないでね? 別に意地悪がしたいわけではないの」


 いい加減にはっきりしなければならないということだ、そうすれば彼女だって変えてくれるはずだ。


「なあ紗良、受け入れてくれるか?」

「あなたは?」

「いや、その気がなければこんなことをしないよ、紗良だから求めているんだ」


 受け入れてくれるかではなく、好きだと言えばいいのに馬鹿な選択をした。

 経験値が高ければと考える自分とそれだったら求めてもらえていなかったかもしれないと考える自分と、好きになった身としては相手にあまりそういう存在がいない方がいいだろうからと言い訳をする自分がいた。


「そうなのね、じゃあ受け入れてあげるわ」

「逆にすごいよ、俺ではできないことをしている」

「……嘘よ、それこそあの子じゃないけど装っているだけよ」

「そうか、それでもありがとな」

「ええ、ありがとう」


 待った、これはいつ離せばいいのだろうかと考えている間に向こうからもしてきてもっと逃れられなくなった。

 やはり調子に乗るべきではないと、相手からしてくれたら返すぐらいが丁度いいのだと分かったのだった。

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