04話

「菅鷲、ちょっと休憩にしよう」


 これは誘ったわけではないが菅鷲が付いてきたことになる。

 遠慮をするなと言われているから約束通り、朝からずーっと歩いていた。

 ただ、やはり一人のときとは違って気になってしまう、気が付いたら同行人がいなかったなどという風になると困るから意識を向けていなければならないからだ。


「はい、ふぅ……」

「足は大丈夫か?」

「大丈夫です、でも、あと三十分ぐらいで限界が……」


 まだまだいけるとか嘘をつかれるよりはマシか。


「分かった、ならここでもう引き返そう」

「すみません、少し舐めていました」

「いや、菅鷲が悪いわけじゃ――」


 ぐいと顔を近づけてきて「では渡邊先輩が悪いんですか? 違いますよね」と。

 その内は色々ごちゃごちゃしていそうだ。

 付いて行くことを選んだこと、結局そこまで歩けていないこと、相手が満足する前に帰ることになってしまうことなどなど、俺が彼女の立場でも多分、なんとも言えないそんな感情で染まってしまうと思う。


「ま、まあ、俺だって最初から沢山歩けたわけじゃないから気にするなよ」

「……すみません」

「謝るなって、距離が違おうと歩けたことには変わらないんだ」


 テストも終わったことでいつも通りに戻った、一緒にいるときもこうして歩いたり、会話の方に集中することができるからありがたい。

 まあ、俺的にはまだまだ彼女だけではなく由良もいてほしいところだが、それでも前よりは慣れたから二人きりを望むのなら応えるだけだ。


「あっちに戻ったらどうするんですか?」

「菅鷲が解散にしたくないなら付き合うぞ」

「なら作ったご飯を食べてもらいたいです、それと作ったお菓子を受け取ってほしいです」

「お、いいな、ならお邪魔させてもらうよ」


 初めて揺れた、少し遠くまで歩いてきたことが初めて微妙に感じた。

 ある程度の味で食べられればそれでいいというタイプなのにどうした、しかも彼女が作ってくれた料理を食べることが初めてというわけでもないのにおかしい。

 いやまあ、腹が減っていたというのはあったが……。


「どうしたんですか?」

「大丈夫だ」

「は、はあ」


 落ち着け、そういうつもりはなくてもがっつけば嫌われる。

 とはいえ、すぐにコントロールはできなさそうだったから少し前にいてもらうことにした。

 まだまだ体力があるのか牛歩にならないのがいい、依然としてもどかしくはあるが彼女ならちゃんと守ってくれる。

 そういうのもあって慣れた場所に戻れたときは凄くほっとした、何故か食べたいという気持ちも落ち着いてしまったから慌てて戻しておいた。


「お疲れ様でした」

「菅鷲もな」


 菅鷲家は自宅と変わらない、全く気にせずにゆっくりとすることができる。

 なるべく出したくはないが由良のことを聞いてみたら今日は遊びに行っているらしい、友達はそれなりにいるからなにもおかしな話ではないか。

 喉が渇いていたからくれた飲み物はよく効いた、微妙な点はいい場所すぎて眠たくなってきてしまったということだ。

 だから作っている最中で悪いが話し相手になってもらうことでなんとかした、彼女的にも寝られるよりはいいだろうと開き直って。


「あの」

「運ぶの手伝うよ」


 単純だからいい匂いに簡単に反応する、結局、抑えきれていなかった。


「紗良って名前で呼んでくれないんですか?」

「そっちか、それはもう少し仲良くなってからだな」


 違う、そこはどうでもよかった、なにかがあったときにどうしようもなくならないように相手の方から動いてもらいたかった。

 

「でも、姉に聞きましたけどすぐに名前で呼んだと……」

「少し間違えた、相手が求めてきたら変えるよ」

「なら名前で呼んでほしいです」

「なら、紗良、運ぶの手伝う……というか、早く食べたいんだ」


 申し訳ない、だがこれ俺だ、一緒にいたいということなら受け入れてもらうしかない。

 俺が仮に真面目系後輩女子ならこんな適当な男のところには行かない……ようなそうではないようなという感じだ、あれだ、敢えてそういうちょっと駄目な男のところに行く稀有な女子というのも世の中にはいるからだ。


「ふふ、分かりました」

「あ、いまちょっと馬鹿にしただろ?」

「していませんよ」

「なんてな、作ってくれてありがとう」


 さ、食べよう、で、食べ終えたらどうするのかは分からないが仮に解散になっても家でゆっくりすればいい。

 少なくとも最近よりはマシな終わりだと言える、だからその分、家にいるときも気分よくいられるというわけだ。

 テストが終わったばかりで、昨日も部活があったのに貴重な日曜に時間をくれた紗良に感謝しかない。


「美味しいよ」

「ならよかったです」

「これを食べられないなんて由良はもったいないな」

「お出かけしない日は作っていますからそんなことはありませんよ」

「じゃあ毎回得をしているということか、ずるいな」


 こっちは家にいるなら自分で作れというスタイルだから尚更そう思う。

 だが、それは俺だけなのか難しい顔で「そんなことはありませんよ」と彼女は再度そう返してきた。

 正直、紗良がここで「そうでしょう?」などと言えるとは考えていなかったものの、違う違うと否定を続けるのもそれはそれで微妙だった。




「ん? なんだあの男子……」


 由良に対してやたらと距離が近い、でも、由良も嫌そうな顔をしているわけではないと。

 そうか、この前遊びに行ったときの相手はあの男子かとすぐに分かった。

 そうかそうか、紗良に聞いてもらうことにしよう――ということで、間違いなく通る中学からは少し離れた場所で待っていた。


「って、こっちもかよ……」


 そうかそうかそうか……なんてふざけている場合ではない、邪魔をするのも違うから見つからない内に走って離れた。

 動くとしても姉妹同時に動くのはやめてもらいたかった、同時に相談を持ち掛けられても役立てないかもしれないし、全く相談を持ち掛けられなくてもそれはそれで悲しい結果になる。

 でも、コントロールをしようとする方がおかしいから黙って待っておくのが一番だ。

 というわけで、家にいると一人でごちゃごちゃ内が変な風に染まるだけだから制服から着替えてすぐに外に出た。

 こういうときこそ歩くのが一番、二十三時などにならなければ誰も止めることなどできないのだ。


「あ、やっと帰ってきた……」


 だからこそこうして似たようなことになってしまうのだが。


「恋愛相談かっ? ちょっと待っていろ、いま温かい飲み物を持ってくるから」

「恋愛相談……?」


 動こうとしたところで変な反応をされて足が止まった。


「まあまあ、隠さなくてもいいだろ? 俺はずっと紗良が安心して一緒にいられるような男子がいてほしいって考えていたからな」


 俺にとっての由良みたいにな、一人だけでもいてくれれば分かりやすく変わってくる、なにかがあったときに抱え込まなくて済むというのが大きい。


「あ、もしかして見られていた……とか?」

「同タイミングで由良にも男子が近づき始めたから相談しようと思ったんだけど男子と仲良さそうにしていたからさ……っと、ちょっと待っていろ――って、冷えただろ?」


 何時からいたのかは今回も分からないができることはしておきたかった、結局、自分がなにかを言われたくないからでしかないが。

 ただ、そういうのを抜きにしても風邪を引いてほしくないというそれは強くある。


「それよりも勘違いをしないでください」

「違うのか? じゃあまだ心配になるな」

「ならこのままの方が私的にはいいですね」

「いや駄目だろ、同性でもいいから俺にとっての由良的な存在がいてくれればいいんだけどな」


 自力で守り続けられたというわけではないからあまり偉そうにも言えないがそうなる。


「そこまでではないにしてもそういう存在ならいます、あの男の子の妹です」

「なるほどな、妹のことで近づいて紗良とってことか」

「違います、ケンカをしてしまったみたいで相談を持ち掛けられただけなんです」

「なるほど、それで仲がいい紗良にということか」


 妹となにかがあったときはその男子に、男子となにかがあったときは妹にという風にできるのは強い。

 圧をかけたいというわけではないが頑張ってもらわなければならないから会ってみたかった、由良を連れて行けば姉が心配をして~という形にできる、というか、俺が独断でそんなことをしたら気持ちが悪いから協力をしてもらうしかないのだ。


「ん? 走り去る俺を見つけた来たわけじゃないということは今日はなんの用で来たんだ?」

「姉が不機嫌で出てきたんです」

「由良が? 話してくれると思うか?」

「どうでしょうね」

「どうであれ紗良は帰らないとな」


 確認をしてみるともう二十一時を過ぎていた、早い人ならもう寝ていてもおかしくはない時間となる。

 だというのに、塾というわけでもないのにこんな時間に彼女は外にいるわけだ、俺のせいだということになれば問題だ。


「またそれですか……」

「じ、事実だろ?」

「『なら今日は泊まっていけよ』とか言ってくれればいいではないですか……」

「どこの俺だよそれは、泊まりたいなら泊まればいいけど」


 マジでどこの俺だよ、一度だって言ったことはないぞ。


「なら最初からそう言ってくださいよ、このバッグだってそのために持ってきていたんですけどね。はぁ……」

「わ、分かった分かった、なら中に入るか」

「渡邊先輩のせいで――っくしゅん! ……体が冷えました」

「今度からは連絡をしてくれ、由良とか紗良とかからなら多分……ちゃんと反応するから」

「嘘ですよね」


 嘘……と言われても仕方がないぐらいには反応してこなかったからどうしようもない。

 そもそもできることならスマホを置いて歩きたいぐらいだ、無駄な物はいらないのだ。


「というか、なんで母さんに話して入れてもらわないんだ?」

「家の中だとやっぱりなしとなっても逃げられないではないですか」

「ん……?」

「だ、だから、こう……色々と考えて帰ろうとしても動きにくいと……」

「なるほど、ま、今度からはちゃんと連絡をしてくれ」


 冬の夜にいつまでも外で後輩女子を待たせたいなんて趣味はないからな。

 仕方がないから無駄な物をいらないなどと言っていないで変えようと決めた。




「さっきからなによ」

「なによ、じゃない、なんで峰の家に泊まることになっているんだ」


 なんでもなにも……それは姉のせいだ。

 部屋に戻ればいいのに不機嫌な状態のまま近くにいるからどうしようもなくなって外に逃げた、今回ばかりは寒がりということがいい方に働いた。

 けれどこれ、油断していた私に笑いかけてくる悪魔のような存在だ。


「いきなり来たりしないでよ? 渡邊先輩はもう寝ているんだから」

「なんで寝ていないんだ」

「お姉ちゃんが何回もメッセージを送ってくるからでしょう……?」

「行かないけど朝になったらちゃんと帰ってこい」

「分かったわ、もう切るからね」


 静かに部屋に戻ろうとすると渡邊先輩が階段を下りてくるところだった。


「まだ起きていたのか」

「はい、姉からしたら急に泊まることになりましたからね、心配をして電話をかけてきてくれたんです」

「心配なんだな、俺だって普段はそうだ」

「別に一人でも大丈夫ですよ? そもそも一人ではありませんし」

「それじゃあ駄目だ」


 駄目と言われても急に変わるようなことでもない。

 自分でやらなければいけないことを頑張ってやっているだけで時間は勝手に経過する、なんにもトラブルがないというわけではないとしても基本的にはここまで特に大事になることもなく生きてこられたのだから続けるだけだ。

 渡邊先輩に言われたとしてもだ、というか、気になっていると直接ぶつけたのに違う男の子に側にいてほしいとかありえない。

 そんなに心配なら渡邊先輩がいてくれればいいのだ。


「峰先輩がいてくれればいいです」

「俺は放課後にならないと一緒にいられないだろ、俺が求めているのは中学にいるときになんとかしてくれるような相手だよ」

「だからいりませんって、それに同性の友達がいるって言いましたよね?」

「はぁ、なんで分かってくれないんだ、その点だけは紗良の不満な点だ」

「分かってくれていないのは峰先輩ですよ」


 なんか少し前からずっと同じようなやり取りをしている気がする。

 泊まることを許可してくれたり、あっさり名前で呼んだりしてくれるくせにこういうところだけは厄介だった。


「というか、放課後はいいんですか?」

「放課後なら俺や由良がいるだろ、でも、別にそこから恋仲にとなってもいいんだぞ?」

「だから私が気にしているのは峰先輩ですから」

「でも、分からないだろ? もしかしたらそれ以上が現れるかもしれない……と言うより、俺より上の人間なんていっぱいいるからな」


 段々とむかついてきた、嫌なら嫌だとはっきり言えばいいのにこういうときだけは遠回しな言い方をしてくる。


「それならはっきり言えばいいではないですか」

「放課後はともかく中学にはそういう存在がいないと駄目なんだ」

「そうではなくて、私のことが嫌なら嫌だと言えば……いいではないですか」

「は? なんでそうなるんだ、全くそんなことはないぞ」


 どうだか、いやでもだってと言い訳みたいなことを言うからしたくもないのに面倒くさい絡み方をすることになってしまっているというのに……。


「俺が相手によって露骨な差を作らない人間でよかっただろ? だってそんな人間だったら信用できないだろ、由良のときと紗良のときで露骨に差を作っているところを想像してみろ」

「私としては嬉しいですけどね」

「とにかく、紗良のことが嫌とかそういうのは全くないから誤解してくれるなよ」

「だけどもう少しぐらい……」


 中途半端に受け入れてくれるからもやもやする。

 それこそ無理なのだとしても露骨であってほしかった、私に対する優しさを同じぐらい他の人に与えていたら安心はできない。

 こっちのことを考えてくれる人なのに本当に大事なところでは放っておくなんて酷い、気にしてしまったこちらの自業自得だと言われても受け入れるしかないけど……言いたくなる。

 

「それなら紗良が自由にしてくれればいい、俺はそういう人間なんだ」

「と、年下の私に頑張らせるつもりですか?」

「それが嫌ならやめた方がいいとしか言えないぞ」

「なんですかその顔……」

「はは、俺は情けない男だからな」


 笑っている場合ではないけど……。

 でも、チャンスを貰えているということだから活かしたかった。

 少なくともなにもしないで誰かに取られるぐらいなら恥ずかしくても動いた方がマシだと言えたのだった。




「ふん、帰ってきたか」

「よう」

「は? おかしいな……」

「由良、ちょっと聞いてもらいたいことがある」


 紗良が着替えに行っている間に昨日の話をした、そうしたら呆れたような顔で「ださいな」とはっきり言われて突き刺さった。


「なんにも格好よくないぞ、それどころか開き直るとか最悪だ」

「き、厳しいな」

「なんてな、紗良だってそれを分かって近づいているんだから大丈夫だよ」

「そう……なのかねぇ、とにかく聞いてくれてありがとう」

「いちいち礼なんか言うな」


 もちろん、もう少しぐらい時間が経過したらこちらだって動くつもりでいる。

 全部任せるわけがない、本当に紗良にだけ動いてもらっていたらこちらがその気になったところで去られるだろうよ。

 

「それと昨日の男子は――」

「そういうのじゃない、それどころか二度と顔も見たくないぐらいだ」


 遮るぐらいには嫌だったのか、ちゃんと関わってみなければ、話を聞いてみなければなにも分からないものだな。


「普通に仲良さそうに見えたけど」

「演じていただけだ、それすらも分からずにずかずか踏み込んできやがって」

「なにか困ったら言えよ、俺にできることならする」


 由良なら、紗良ならところころ変えてあれだが姉妹のためなら動く。

 まあでも、ここで由良が素直に受け入れるわけがないからまた絡まれていたら突撃をしようと決めた、学校が同じだからこそできる荒業だ。


「駄目だろそれは、紗良が気にする」

「それとこれとは別だ」


 ほらな、そのまま続けるならこちらも続けるだけだ。


「峰――」

「お待たせしました」

「おう、さ、今日は由良ももう行こうぜ」

「えぇ……いやあたしは――逃げられそうにないな……」


 別行動をされるとどこで絡まれるか分からないから一緒にいたい。

 なんかそれっぽく横に立っていれば牽制になるだろ、それでも無理だったら無理やり連れ去ればいい。

 俺の方に絡むようになってくれればそれが一番だ。


「準備は終わったぞー……」

「よし、行くか」


 というか、嫌がっていることにも気づけないなんてそれは駄目だろと言いたくなる件だった。

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