03話

「は? え、興味がないと思っていたのか?」

「ま、まあ」

「いやいや、女子が近づく理由なんてそれぐらいしかないだろ、この前はあんなことを言ったけどさ」


 後出しはずるいだろ。


「じゃあ由良も?」


 しかもその言い方だと俺がこう言うことになってもなんらおかしくはない。

 もっとも、彼女の場合は「あたしは違う、幼馴染みたいなものだからだ」と冷静にすぐに否定してくれるから問題にもならないが。


「ま、まあ、この話は終わりな、由良の話をしよう」

「あの日は暇だった、起きたら紗良がいなかったからな」


 二人きりに拘っていたから誘うこともできなかった。

 でも、菅鷲も変なことをする、姉が相手なら警戒する必要もないだろう、由良なら尚更のことだ、興味を持っているのならとっくの昔に変わっているという話だった。


「今度、どこかに行こうぜ、たまには由良と遊びたい」

「それなら家だな、あたしはベッドで寝転んでいたい」

「はは、それでこそ由良だよ」


 結局、菅鷲もほとんど歩けていなかったから姉妹を仲間にするのは微妙そうだ。

 少しずつ増やしていけばいいと考えた自分だがやはり歩くときは一人でいい。

 あれはもっと自由でなければならないのだ、誰かのことを考えながらでは残念ながらそうはならないから。


「たださ、紗良が他のところばかりに意識を向けて寂しくはあるんだよな」

「一緒にいようとすればいいだろ、一人で拗ねていても他者は勝手に変わったりしないぞ」


 必要なところで来てくれない、誘いを断り続けていたらそれも当たり前だが。

 安定して一緒にいられる人間をどうしたって求めるものだ、そして、それはなにも家族ではなくていいということになる。

 家族に向ける感情と他所の人間に向ける感情はまた別……とまではいかなくても逆転することだってあるものだ。


「でも、一生懸命になっている自分を直視することになるのも嫌なんだ、恥ずかしいだろ」

「そうか? そんなことよりも一緒にいたいのに一人でいることの方が恥ずかしいと思うけどな、俺は」

「峰みたいにできないんだ」

「できるだろ、俺より由良は優秀だ」


 場合によっては考える前に動くことも大切だということだった。


「それでも一人では無理ということなら言ってくれればいい、俺にできることならするよ」

「それも恥ずかしいだろ、あと、借りを作るみたいで嫌だ」

「ま、頼るも頼らないも自由だ」


 恥ずかしいとか情けないとかそういうのが一番邪魔になる、無駄なプライドなんて捨ててしまった方がいい。

 だが、いまのやり取りだけで頼ってくるようなことはないと分かった、なんか寂しい。

 普通は助け合っていくものだろって言いたくなる自分がいる、けど、相手が求めていなければそれはエゴだ。


「おーい、もう放課後だぞ」

「ありがとな」

「それよりぼうっとしすぎだろ」

「屋内にいるときぐらいはな」


 外に出れば他者的には悪い癖が出る、それこそ次に活かせていないというやつだった。

 歩くことが楽しすぎて毎回暗くなるまで引き返そうとならない、スマホなんかも見ないから連絡に気づかずに怒られることも多い。

 ただ、悪いことをしているわけではないからなのか前にも言ったように両親はなにも言ってきていなかった、怒られるというのは菅鷲や由良のそれをそういう風に判定しているというだけのことだった。


「今日はあたしも行く、だけど二キロぐらいにしてくれ」

「えぇ、それだったら家に帰っておけよ」

「いいから行くぞ」


 なんだ急に、廊下なんかよりももっと寒くて冷えるだろうにどうした。

 妹だっていないし、彼女からすれば疲れるだけでしかないこの行為、寄りたい店なんかがあるということなら付き合うがそれ以外なら大人しく帰ってくれた方がよかった。

 俺が付き合わせたわけでもないのに無理をされて風邪なんか引かれた日には気になってしまう、ついでにちくりどころかぐさりと妹から言葉で刺されかねないから避けたいのだ。


「たまには悪くないな」

「なあ由良――」

「言うな、あたしの意志で歩いているんだからいいだろ」

「なにも無理をしなくたっていいだろ? 春とかなら分かるけど由良は寒いのが苦手なんだからさ」


 彼女らしいで片付けていいことではない。


「なんだよ、一時期はあれだけ連れ出していたくせに」

「もうやめただろ」


 もう結論が出たから二度としない、妹に対してだってそうだと誓おう。

 が、やめた結果、こうして逆のことが起きるということなら困ってしまう。


「はぁ、そんなにあたしがこうすることが不自然か?」

「ああ」

「即答かよ……じゃあもういいよ、帰る」

「気を付けろ」

「……なんだよ、参加したらこれかよ」


 とりあえず一人になったから気にせずに歩いていくことにした、特に拘りもないが今日は二十時までには家に帰ると決める。

 その方が食事と入浴という必要な行為をしても時間に余裕があるからだ、流石に食べてすぐに寝る、風呂に入ってすぐに寝るという状態にはしたくないからそれでいい。

 まあ、なによりも睡眠時間を確保したいからでもあった。




「お疲れさん」

「え、雨が降る……」

「由良に迎えに行ってやれって言われてな」


 不機嫌かと思えばそうではなく普段通りの由良だった、同じ日ではないが頼まれれば俺は動く。


「荷物持つぞ」

「だ、だって渡邊先輩が歩かずにこっちを優先したってことですよね?」

「菅鷲は求めていないだろうけど由良に言われたからな」


 実際はそれでこの前のあれをなんとかしたかったのもあった、結局は言うことを聞いておくことで機嫌を直してもらおうという考えからきている。

 普段通りに見えてもその内は分からない、あまり悪い方に考える人間ではないが少し気になっていたのも確かだからそれならと従った結果がこれだ。


「帰ろうぜ」

「は、はい」


 朝に一緒に登校することもあるから新鮮さはあまりなかった。


「そういえば何時から待っていたんですか?」

「放課後になったらすぐに向かったけど冬で活動時間も短いから全く待っていないよ」

「そうですか、それならよかったです」

「俺は耐性があるから三時間ぐらいは待っていられるけどな」


 歩けた方がいいがじっとできないというわけでもない、座れる場所があるならそういうことになる。


「ただ、中学校の近くで待たれるのは少し……」

「由良に言われなければしないよ、ちょっとやらかしたから従っただけなんだ」

「それならやらかしていなかったらしていないということですか?」

「まあな、菅鷲が求めてきたならするけどそうじゃないならしないよ」

「そうですか」


 特別な仲ならともかくとして、そうでもないなら距離的にもこんなことは必要ない。

 暗くなることが分かっているから中学だって活動時間を極端に減らしている、真っ暗になる前に家に帰ることができる。

 そりゃ理想は誰か友達とかと帰るのが一番ではあるものの、なにも俺である必要はないだろう。


「着いたな」

「上がっていきませんか?」

「それなら少しだけ」


 着替えてくるから待っていてほしいということだったのでリビングの床に座らせてもらってぼけーっとしていた、ソファで由良が寝ているからなるべく見えない位置にした。


「いま飲み物を持ってきますね」

「スルースキルがすごいな」

「いつものことですから、それにここなら上より暖かいですからね」


 貰った飲み物を飲ませてもらって再度窓の向こうに意識を向ける、最近は天気が微妙だから灰色ばかりだ。

 晴れが好きというわけではないものの、由良のテンションが露骨に変わるから晴れてやってほしいと思う。


「道路とお家しか見えませんよ」

「天気がよくなってほしいんだ、菅鷲だって部活ができていいだろ?」

「正直、雨なら雨で少し楽をできるので」

「お、菅鷲らしくないな」

「そうですか? 私なんていつもこんな感じですよ、よく真面目だと言ってもらえますけど全くそんなことはありません」


 流石にそれは言いすぎだが近くにいてくれる気がして安心できる。


「あの、もうすぐテスト期間になりますよね、タイミングが完全に同じというわけではないですがそのときは一緒にやってくれませんか?」

「そのときは由良に誘われてよくここか向こうでやるからな」

「……いやあの」


 質問の答えになっていない、タイミングが違うからそれだと困るというやつか。

 求めてくれたのならちゃんと付き合う、まあ、求められていなくても今日みたいに動いてしまうからその点は微妙か。

 少し話が逸れるものの、こういう点でも同じ学校にいてくれた方がよかった。


「分かった」

「ありがとうございます」

「じゃあ――」


 由良を起こさないために帰ると言おうとしたところで「……なんで峰がいる?」と微妙な結果になってしまった。


「もう帰るよ」

「待て、あたしも行く」

「送らなければならなくなるだろ」

「行く」


 挨拶をして菅鷲家をあとにする。

 渡邊菅鷲家間に信号なんてものはないからあっという間に着いた、付いてきたくせになにも発さなかった彼女に意識を向けたがそれでもなにも言わない。

 それならと家の鍵を開けたら俺より前に中に入って苦笑した、意地を張ったところでいいことなどなにもないぞ由良。


「飲み物はいい、ここに座ってくれ」

「ああ」


 一人で歩いているときよりも静かな時間だった。

 とはいえ、気まずいとかそういうことはない、逃げたい気持ちもない、だけどらしくないから喋ってもらいたい。

 一緒にいるならある程度は会話がしたい、場合によっては歩くことよりもそうであってほしいという気持ちが強く出る。


「嫉妬……まではいかなくてもなんか気になる、自分から紗良を迎えに行けと言っておいて馬鹿だけどさ」

「え、気になっているわけじゃないんだろ?」

「あたし的には友達を取られるみたいで嫌なんだ。まあ、別にこれがそういうものでも構わないけどな、峰が相手ならそれでも楽しそうだ」

「学校では由良とばかりいるけどな、喧嘩だってほとんどしたことがない、合わせてくれているだけかもしれないけど俺達の相性は実際にいいと思うぞ」

「なら付き合うか! なんてな、妹の邪魔はしたくない」


 気になっているというところから好きに変わらなければ意味のない話だし、俺はこのままなにも問題もなく進むとは考えていない、寧ろ進んでしまったら困ってしまう。


「菅鷲って積極的だよな。ただ、変なところで頑張りすぎて本当のところが分かったときに反動がきそうで怖いんだ」

「大丈夫だと思うぞ、仮にそうなっても紗良なら上手く切り替える」

「そのときにはいまよりも仲良くなれていると思うから少し複雑だ、でも、菅鷲が本当にそうならそれほどありがたいことはない」


 変な拘りを優先して無駄なことで時間を使ってしまうことも多いが俺より姉妹はしっかりしている、これも余計なお世話というやつか。

 とにかく俺にできることは前にも言ったように相手をさせてもらうことだけだった。




「渡邊先輩はゆっくりしていてください」

「課題があるから俺もやるよ」

「とにかく、見ておいてください」


 テスト本番日が微妙に噛み合っていないのが微妙なところだった、課題にしたって沢山あるわけではないからどうしたって時間が余る、じっと見ておくわけにはいかないから他のところに意識を向けておくつもりではいるが……。

 そのことを考えてくれたのか俺の家でやってくれている点はありがたいものの、限界というのはすぐにくる、思わず途中で飛び出しかねないから集中力が高すぎない方がいい。

 だが、やはりそこは真面目少女、一時間だろうが二時間だろうが三時間だろうが変わらないとばかりに机と向き合っていた。

 もうね、俺はお爺ちゃんみたいな感じだったよ。


「ふぅ、一時間ぐらい経ちましたか?」

「もう十九時を過ぎているぞ」

「えっ、こ、声をかけてくれれば……」

「真面目にやっている菅鷲の邪魔をしたくなかったんだ。いまからご飯を作るけど食べていくか? 食べないなら送るよ」


 なにもしていなくても腹は減る、でも、動くことでそうなった方がいいと今日は学んだ。

 いや、もうこんなのは全て言い訳でなにもしていない時間をなんとかしたかったのだ、あとは早く菅鷲達のテストが終わってほしいという気持ちが強い。


「それなら――あ……」

「実験体にしようってわけじゃない、食べていってくれよ」

「あ、ありがとうございます、いただきます」

「カレーだから俺でも失敗しない、安心して待っていてくれ」


 あれだけの集中力なら手を止めさせてしまうなんてこともなかったわけだし、作っておけよという話か、効率が悪いせいでこの家にいてもらう時間が長くなって微妙だ。

 ただ、そこはご飯を食べてもらうことでなんとか帳消しにしてもらいたい、そもそも飛び出なかっただけ褒めてもらいたいところだった。


「福神漬けはいるか?」

「はい」

「じゃあ好きなだけいれてくれ」

「ありがとうございます」


 風呂を溜めるついでに由良に話し相手になってもらうことにする。


「峰、紗良がそういう人間だって分かっていたはずだろ?」

「ブーメランが返ってきたというやつか」


 ぶつけ続けた結果がこれ、特にその機会が多かった由良ならこうするか。


「そうだ、遠慮しないで止めればいいんだよ、なんであたし相手にはできて似たような紗良にはできないんだ」

「そうは言ってもなぁ、やっぱり違うだろ」

「あんまり変わらないだろ」

「じゃあ違うと勝手に差を作ってしまっているということか」

「あたしは峰じゃないからそうだと断言することはできないけど、多分な」


 ならもう少しぐらいは由良に対するみたいにやって……大丈夫なのか? 距離感を見誤ってやらかしてしまえば崩れてしまう、そうなったら由良が協力をしてくれても多分、一緒にいることは無理になる、それは嫌だろ。


「もう少し時間が経たないと――あ」


 ああ、変わらない、姉と同じだ。

 遊んでいるときに母がしつこく絡んできて電話が長引いていたときに取られたことがある、正直、あのときは助かったが今回はなんて言えばいいのか分からない。


「お姉ちゃん? うん、私、もうすぐ帰るからお母さんが先に帰ってきたら言っておいて、それじゃあまた後でね」


 終わらせ方も多少の差はあっても似たようなものだ。


「随分と長かったので見に来たんです」

「カレーは?」


 それ以外にもなにか言いたそうな顔をしていたものの、それよりもこれだ。

 どうせならちゃんと全部食べてほしい、残しても捨てることはないがなんとなく家族の場合と違って食べづらいからな。


「食べ終わりました、美味しかったです」

「じゃ、送るよ」

「よろしくお願いします」


 家に着くまでどうなのかと身構えていたら「ああいうことはやめてほしいです」と真っすぐに要求された、こそこそしたかったわけではないと返しても首を振られて駄目だった。


「私は渡邊先輩を信じたいです、でも、なにも言わないで出て行ってその結果があれで気になりました。あとはこちらが悪いです、何時間も一人で集中して迷惑をかけたうえに取り上げるようなこともしてしまいましたし……」

「由良と似ているよ」

「……全く分かってくれていませんよね」

「嫌だってことだろ?」

「分かっているのに敢えて重ねるなんて渡邊先輩は意地悪です」


 油断させておいて二度目の攻撃を仕掛けるとは、恐ろしい少女だ。

 とかなんとかふざけている場合ではないか、それでも後ならともかくいまは露骨な差を作りたくはなかった。


「着いたな、お疲れさん」

「もしかしてまた歩くんですか?」

「いや、今日は帰るよ、用があったらまた来てくれ」

「それなら明日の朝もまた行きます」

「そうか、じゃあ菅鷲が来るよりも早く起きられるようにするよ」


 多分ではなく絶対に間抜けな寝顔をしているだろうから頑張ろう、頑張って起きられたらご褒美に歩けばいい。

 彼女の場合、テストが明後日からだから放課後に歩けるのは終わってからになると思う、が、我慢をした分だけ歩けたときの嬉しさというのが上がるはずだ。


「学校で聞いてもらうか」


 相談相手になってもらっているからこそこちらもなるべく聞くようにしている結果がこれだからすぐには上手くいかない、少なくとも菅鷲目線だと楽しくない時間が続く。

 気になるのはそのときに言うことを聞いてくれないから駄目だと判断をして離れるのか、諦めないで続けるのかというところ、やる気もやめることも高くて多い由良の妹なら……。


「ただいま」

「おかえり、カレーを作ってくれていてありがとう」

「菅鷲に食べてもらったからちょっと減った」

「大丈夫、峰の分を減らせばいいよ」

「はは、最初からそのつもりだよ」


「冗談だから」と言ってきた母に気にするなと返してソファに座った。

 家にいられる時間も好きだった。

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