02話
「こんばんは」
「びしょ濡れだな」
雨が降り始めたのは音で分かっていたが彼女はなんとも運がないな。
「向かっている途中で雨が降ってきてこの様です」
「ちょっと待っていろ、いまタオルを持ってくるから――と思ったけど風呂に入るか?」
「でも、着替えがないのでタオルを貸してもらえませんか?」
「そうか」
絶対に濡れた状態がなんとかなるまで上がろうとしないから強制的にリビングまで連れて行った、それからタオルなんかを持ってきて自分の方を拭いてもらう。
「あの、上だけ借りてもいいですか? 少し寒くて」
「って、それなら入ればよくないか? いまなら溜めたばかりで温かいぞ」
溜まったのに適当にテレビを見て過ごしていたアホがここにいるわけだが、それは彼女とは関係ないからどうでもいい。
「渡邊先輩は自分のお家で必死に後輩の女の子をお風呂に入らせたい趣味があるんですね」
「下着は大丈夫だろ? 上と下なら貸してやるからその方がいいかなと思ったんだけど」
「し、下着のことによく触れられますね」
「おいおい、そんな顔をしてくれるなよ。そもそも濡れたなら途中で帰った方がよかっただろ? それなのに来たってことはそういうつもりだったんじゃないのか?」
「……お姉ちゃんに言います」
質が悪い、俺がこういうときにこうする人間だって分かっているはずなのに来ておいてこれか。
なんて存在だ、こういうところは由良とは似ていない点だ。
由良なら「はは、別にいいだろ?」とこちらが勧めていなくても入っているぐらいなのに社会的に殺すことが得意のようだ。
でも、これなら中学の男子相手にやらかしてしまうようなこともないのではないだろうかといういい点もあった。
「別にいいよ、俺はただ風邪を引いてほしくないんだよ」
「じゃあ……入らせてもらいます」
「服ならそこにあるから自由に持って行ってくれ、俺は外に出ておくからさ」
母ももうすぐ帰ってくるからそれまでは中に入らないようにしよう。
段差に座っていても濡れるだけだから傘をさして歩くことにする、夜から出ることは滅多にないからテンションが上がっている自分がいた。
この場合はこの前みたいに変なところに連れて行かれて折られるなんてこともない、自由に、好きなだけ歩くことができる。
学校があるから無限にとまではいかないが夜道を歩くのは新鮮だった、まあ、そのせいでまた遅くなったわけだが。
「ただいま……っと」
部屋に行くとばれるかもしれないからリビングに逃げた結果が、
「は?」
ソファで寝ている菅鷲を発見、ということだ。
「おい、起きろ菅鷲」
「……あっ! どこに行っていたんですか!」
っと、こんなに大声を出すなんて珍しい、なんて珍しがっている場合ではないか。
「どこって散歩をしていただけだけど帰らなくてよかったのか?」
「……あなたのお母さんが泊まっていけばいいと言ってくれたので」
「ちゃんと由良か両親に言ったのか? 言ったのならそれでいいけどさ」
「ちゃんと言いました、まさかこんな時間まで帰ってこないとは思いませんでしたけどね」
たまにちくりと言葉で刺してくる点はとても似ている。
だけどそうか、親に送ってくれなんて頼めるわけがないからこうなって普通か。
いやでも、客間があるのだからそこに布団を敷いてやれよと思わなくもないが、いま正論をぶつけてもそれ以上の正論でやられるかもしれないから黙っておこう。
「はは、いつもの悪い癖だ」
「笑い事じゃありませんよ!」
「ちょ、落ち着け落ち着け、あんまり大きい声を出すと親が下りてくるから――」
「紗良ちゃんどうしたの……? あっ、不良息子」
不良息子……。
「ただいま、菅鷲を見ていてくれてありがとな」
こういうところは成長した部分だとはっきりと言える、小さなことでいちいち感情的になることは絶対にない、言い切ることができる。
「上がってもらったのならちゃんと相手をしないと駄目だよ」
「急に出たくなったんだ。とにかく、あっちに布団を敷いてやるから菅鷲は向こうでな」
「そうだよ紗良ちゃん」
「……分かりました」
子どもみたいに目を擦りながら母は「おやすみ」と言って階段を上がっていった、あともう少しぐらいはいてくれればいいのに少し足りない母だ。
「ほい、もう寝られるぞ」
「戻りますか?」
「そりゃあな、起きてこなかった場合だけ起こしてやるから安心しろ」
「おやすみなさい」
体力がありすぎるというのも問題になるということを知った、でも、歩くことをやめたいとはならない。
十分運動になったから朝まで一直線だった、目を開けたときにいきなり由良の顔が見えたときは流石に驚いたが。
「峰、ちゃんと付き合ってやってくれよ」
「いや、あれは菅鷲のためだったんだぞ? あ、最初だけだけど」
「詳しく聞きたい、紗良はもう起きているから行こう」
「分かった」
一方的に味方をして怒るわけではないのか……って、昔からそうか。
だけど集まってみたら相手側だった~なんてこともあるため、そうなるつもりで一階に向かった。
「紗良、峰を連れてきた」
「おはようございます」
「おはよう、ちゃんと寝られたか?」
「はい、二十二時には寝ましたから」
「ということはそれから一時間半ぐらいしか経っていなかったんだな、変なところで起こして悪かった」
昨日分かったことは雨が降っていても関係ないということだった、いや、それどころか普段よりもテンションが高めだった。
まあ、単純な人間ではあるがなんでもつまらないと決めつけて自ら退屈な生活にしてしまっているよりはいいと思いたかった。
「それよりどうして……」
「どうしてって、最初は菅鷲が嫌がったからだよ、だけど途中からはいつものアレだ」
構わないが自分にも少しだけああなった原因があるとは考えないのか。
「ひ、必死に入らせようとするから……」
「そりゃそうだろ、冬なんだからあんなに濡れていたら風邪を引く、いま風邪を引いていないのは風呂に入ったからだ」
「なるほどな、まあ、どっちが悪いというわけでもないな、はい終わり」
どちらにしろ終わらせて学校に行くしかない、朝練習がある妹の方は尚更だ。
どうやら一旦帰るみたいだったから姉に任せた、こちらは朝ご飯を食べるというわけではないが少しだけ時間をずらす。
特に意味もないがな。
「峰」
「んー……今日は放課後まで放っておいてくれー」
よく考えてみなくても睡眠時間が足りなかった、普段と違って明らかに本調子ではない。
風邪を引かなかったということはいいことだが、あれなら俺が風邪を引いていた方がマシだ。
そうすれば母がなにも言えなくなるし、ベッドの上でごろどろとしていられる。
「聞いてくれ、紗良が迷惑をかけて悪かったな」
「迷惑ってわけじゃない」
ただ、今度から似たようなことがあったら送り帰そうと決めた。
その方が由良も安心できる、両親だって同じだ。
夜遅くまで外にいてもなにも言われなかったのに菅鷲が関わっただけで不良息子なんて言われるのも微妙だった。
「でも、わがままだろ? そりゃ峰としては風呂に入るように言うよな」
「一応言っておくが下心とかはなかった」
「ああ、分かっている」
「ま、これで来なくなるだろ」
何度も言っているようにわがままと言うよりも質が悪い存在だ。
「そもそも最近はどうしたんだろうな、急に変わったよな」
「分かった、由良に悪影響を与える存在じゃないか見ているんだ」
「今更すぎないか? それこそずっと前から関わっているのに」
最近か前の俺がやらかしていて意識を変えたのだ。
それでもいい、いつでも止めてくれるような存在がいてくれた方がいい。
「というか、由良が止めてくれよ」
「はは、あんなの冗談に決まっているだろ。紗良は自分の意志で峰に近づいている、それなのに邪魔をすることなんてできるわけがない」
「正直、現段階ではお姉ちゃんといられる方が楽だけどな」
結局、眠たいとかそういうこともどうでもよくなって相手をしているぐらいだしな。
「そりゃそうだ、なんたって関わっている時間が違う」
「はは、いつもありがとう」
「どういたしまして」
なんとなく廊下に行きたそうな顔をしていたから誘ってみた、すると「いいぞ」と言ってくれたから教室を出る。
由良がいるところでだけ菅鷲が来てくれるのであれば問題になることもないから無理なのにこの学校にいてくれればなんて考えた。
「由良、これから菅鷲に付いてきてくれ……って、由良?」
足を止めて体を抱くようにしてぷるぷると震えてしまっている。
「さ、寒いぃ……」
「教室も変わらないだろ」
「峰にくっついていてもいいかっ?」
「いいけど俺も多分、そんなに温かくないぞ」
「そんなの関係ないっ、とう! なっ!?」
ハイテンション、だけど分かりやすくていい。
そして寒い寒いと言っている彼女はとても温かった。
「もうずっとくっついていてもいいか?」
「いいぞ、そうすれば菅鷲も安心できるだろ」
「ひょー冬には最高の存在だぜ」
とはいえ、廊下の中央でくっついておくというのも彼女的に微妙だろう、そのため、近くの空き教室に移動した。
「椅子に座るとできないから床に座ってくれ」
「おう」
段差だろうが床だろうがどうでもいい、満足するまで付き合うだけだ。
特別な存在が現れるまではこのままでよかった、お互いにこんなことで勘違いをしてしまうような人間ではない。
「って、なんか恋人同士みたいだな、こんなにくっついて」
「俺らは今更、こんなことでドキドキするような仲じゃないだろ」
「だな――あ、だけどあくまであたしだからだぞ? 紗良にしたら駄目だからな」
「しないよ、姉妹の中の俺のイメージって悪いよな」
「違う、やるにしてももっと仲を深めてからってことだ」
仲を深められるのかどうかも分からない。
もう来ないかもしれないなどと言っておいてあれだが、俺にできることは来たときにちゃんと相手をすることだけだった。
「おはようございます」
でも、土日のどちらも来るとは思わないだろ? なのに菅鷲は全く気にした様子もなく顔を見せてきた形になる。
「いま何時……まだ六時半か、相変わらず菅鷲は早起きだな」
「今度は二人でお出かけしたいんです」
「お、どこか行きたいところがあるのか? それなら着替えるからちょっと出て――なんで座った?」
「どうぞ着替えてください」
えぇ、これで着替えたら後輩女子の前で着替える趣味が云々と言われるんだろ? なんで朝から俺は試されているのか。
触れられないというわけではないから優しく腕を掴んで廊下に出しておいた、男子の着替えなんて速攻で終わるのだから大人しく待っていてもらいたい。
「じゃあ一階に――自由か」
「お部屋でゆっくりしましょう、まだ早いですよ」
「菅鷲が言うのはおかしいな」
着替えてもまだ五十分にもなっていない、開店しているのはコンビニや海外企業のスーパーぐらいだ、食料品を買いに行きたいということなら休日は混むだろうし、悪くない選択だがな。
「じっとしていられませんでした、この前はあんな終わりでしたから」
「なら飲み物を持ってくる」
「いえ、いてください、渡邊先輩が一人になるとまたお散歩をしてしまいそうなので」
「疑ってくれるな、持ってくるから待っていろ」
冷蔵庫を見てみると珍しくジュースがあったから注いで持ってきた、ついでにチョコなんかもぱくってきたことになる――って、こういうところがマイナス点なのかね、やはり彼女からすれば気に入られようとしているように見えてしまうのかもしれない。
だけどこれが俺だ、それを分かってもらうしかない、受け入れられないということなら去ってもらうしかなかった。
ただ、そんなことよりもでろーんと床に寝転んでいる菅鷲を見てどうでもよくなってしまったというか……。
「ど、どうした?」
「……実は緊張していたんです、なので普通に話せてよかったな、と」
「はは、当たり前だろ。ほら、ジュースを飲めばもっと落ち着くぞ」
とは言いつつ、やはり姉とは違うのだから仕方がないという見方もできた。
前とは違って姉もいないからすぐに頼ることもできない、こちらは断じて変なことをするつもりはないが彼女からすればよく分からない異性ということで常に警戒をしていることもきっと影響しているのだ。
俺の文房具に対する考え方と同じようにちゃんと関わってから判断をしたいということなのだろう、大して関わっていないのに駄目だと判断されて離れられてしまうよりは俺的にもよかった。
嫌がって去ろうとしているところで必死に止めようとする人間ではないものの、なにも気にならないというわけではないからだ。
ちなみに飲み物の方は「ありがとうございます」と口にして飲んでくれた。
「うっ……こ、これは……」
「嫌いだったか?」
「いえ、美味しいのはいいんですけど……その、中毒になってしまったら嫌だなと思いまして」
「はは、こういうのって何回も飲みたくなるよな」
とかなんとか言いつつ、歩いているときも簡単に買ったりはしていなかった。
意識がもっと歩きたいという方向に向くからだが、これを姉の方に言うと「Mだな」と返されてうわあという顔をされる、だから一時期は魅力を分かってもらうために無理やり連れだしていたのだが付き合いが悪くなったのはそのせいもあるかもしれない。
そういうのもあったからこそ、この前付いてきたことが大きかった。
多分、やり方が悪かったのだ、一キロぐらいからなら付き合ってくれるはず、つまり俺はまだ諦めていなかった。
「それに水やお茶と違って高カロリーではないですか、太ったら嫌なので」
「女子としては気になるか」
「細い方がいいですよね?」
「ダイエットとかは駄目だぞ」
姉の方が運動をせずに極端に食べる量を減らすことでなんとかしようとしたことがあった、だが、日が変わる度に弱っていって結局、爆食していたから不効率どころか逆効果になりかねない。
それでも始めるということなら姉に頼んで止めてもらう、俺では届かなくても姉の言葉なら大人しく受け入れられる……かどうかは分からないものの、少しは考えてくれるはずだった。
「質問に対する答えになっていません、私は私が細い方がいいのかと聞いているんです」
「維持をすることが大変じゃないならそうかもな」
これまでずっとそうだったわけだし、見た目とかだってそこからきていると思う。
あとは細い方がモテるだろう、すぐに近づくことができる姉とは違って妹の方はそういう存在が現れてくれた方が無駄に心配をする必要がなくなるからこのままがいい。
「ならダイエットはしませんけど頑張ります、部活動がない日は渡邊先輩と歩きます」
「え、マジ? はは、これで由良も参加してくれる可能性が高まったな」
逆も然りだ、妹の言葉ならちゃんと聞いて出てきてくれる、メッセージアプリで素っ気なく『嫌だ』とだけ書かれて終わる日々ではなくなるのだ。
「そういえば一時期は連れ出していましたね」
「俺はまだ諦めていないからな、菅鷲、一緒に頑張って由良を連れ出そう」
「嫌です、そもそも嫌がっているのに何回も誘っては駄目ですよ」
「うっ、そ、そうか?」
「はい」
が、協力してくれる気は微塵もないようだった。
はっきり言ってくれる点は姉と同じでいいのだがより難しい、ここはイケメンなんかがお手本を見せてくれないだろうか……とまで考えて、そんなイケメンが現れたのなら誘うことも無理になるだろうからアホかと片付けようとする自分もいた、なんでもそうだ、一長一短だ。
「泣かせたこと、まだ許していませんから」
「そういうことかっ、なるほどな、菅鷲が急に近づいてきた理由が分かってよかったぜ」
「はい? それとこれは関係がありませんよ」
「いやいいって、確かにどんな形であれ姉を泣かせるような人間なら警戒するわな」
俺が元々、すぐに変な勘違いをしたりはしないところも大きいが近づいてきた理由がそれなのは大助かりだった、興味を持っているわけではないならもっと俺らしく接することができる。
となると、信用してもらおうとするのも違う、だというのに俺らしく相手をさせてもらっているだけで似たようなことになってしまう。
「そうか」
「渡邊先輩、本当にそれとは関係ありませんから」
「いや、関係があってもなくても俺的にはどっちでもいいんだ、ただ、このまま関わり続けていいものかと悩んでいる」
だが、自分から距離を作るようなこともしないとなればこれすらもな。
「私から行っているのが答えではないですか」
「じゃあ本当の理由は?」
「……興味を持ったからですけど」
「マジ?」
「は、はい」
って、別にそういう理由でだけではないからこの反応も正しくなかった。
「そ、そろそろ歩きませんか、その途中でお店に寄ったりしましょう」
「分かった、だけどきつくなったら言ってくれ、ちゃんと合わせるから」
まずは三十分から、というところか。
そこから五分ずつでも増やしていけばいい、解散した後に自由に歩き回ればいいのだから不完全燃焼とはならない。
「ありがとうございます、でも、私のことを考えて極端に減らしたりしないでください、ちゃんと付いていける人間になりたいんです」
「おう」
それよりもだ、終わったら姉の方に話を聞いてもらおう。
いまは笑い飛ばしてくれるのが一番だった。
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