第2話 彼女の言い訳
少し、身の上話をしますと、私の家は、父が単身赴任を繰り返していて、家では、専ら母と兄と私の3人で暮らしていて、父に会えるのは、お正月と、運が良ければ、お盆と、後は、赴任先が変わる端境期ぐらいでした。
そして、母は、兄にべったりな人で、私にちゃんとした服を買ってくれるのも、ご近所さんへの目を気にしての事であり、成長するに従い、私は家の中の家事を押し付けられるようになり、兄は兄で、自分の失敗を私に押し付けたり、私に命令してきたりしていました。大学への進学を機に、一人暮らしを始めるようになって、ようやく私は、自分は虐待を受けていたのでは、と思うようになったのです。
ですから私は、大上さんに兄を重ね、苦手に思いながら、強い態度で言われると、断れないでいたのです。
「宇崎さんって、大上さんと付き合ってるんでしょ?」
バーベキュー場で会った人達の中には、ウチの社員と仲が良かったり、付き合ってる人がいて、その人達から話を聞いた人達が、職場で噂を流しているようでした。
そして、大上さんは、大上さんで、真偽を確かめに行った人に、
『美穂は照れ屋だからなぁ』
と、否定も肯定もせず、ですが、私が他人に知られるのを恥ずかしがっていると思わせているようでした。
なので、私が否定すると、皆、一様に『あ、そう』とか『へー。違うんだ』などと言っていましたが、私の言葉を本当の意味で信じてくれたのは、
黒田さんは、何の用事なのか、社内の至る所をふらふらと歩いていたり、かといえば1週間ぐらい全く姿が見えなかったりと、どんな仕事をしているのか良く解らない人で、お手洗いに立った時など、つい、黒田さんを探し、目で追いかけている私がいました。
私はきっと、庇ってもらった時から黒田さんに、父を重ねていたのでしょう。
ある金曜日。
退社間際になって私は、ある女性社員から、仕事を押し付けられ、残業をしていました。それは、勤め始めてから、まだ1年経ってない私には、かなりの量で、ようやく終わって部屋を出るのに、電気を消し、ドアを開けた時、私は、部屋の中に押し戻されました。
その時を待っていたのでしょう。
私は、大上さんに襲われたのです。
恐怖に固まり、抵抗らしい抵抗もできず、下着を下ろされ、もう諦めるしかないという時に、パッと灯りが点いたのです。
そこにいたのは、黒田さんでした。
大上さんは逃げ、黒田さんは、私のあられない姿を見ないように、御自身のコートを畳んで、一番ドア寄りの机に置き、一部屋の外に出ていきました。
部屋から出てきた私に、
「大上君の素行を調べてくれと言われてね」
と、黒田さんは、仰いました。
第二品質管理室とは、第一品質管理部の見落としチェックと同時に、室長は、社員の質を調査する仕事もなさっていたという事でした。
大上さんは、会社内のそこここの女性と関係を持っていたそうです。私との噂で、自分だけだと思っていた女性が、利用されているだけだと気づき、それまでしていた事を、その方の上司に告白していたのだそうです。
「何人いるか解らなかったけど、多分、君に仕事を押し付けた彼女が、最後だろう。それより、怖い思いをさせてしまう迄、放置していた事に、責任を感じるよ」
私はその夜、黒田さんの家に泊まる事になりました。
それというのも、大上さんは、何度か私のアパートの前まで来ていたそうです。これまでは、運良く何もありませんでしたが、私を襲うも、それを黒田さんに目撃されて、私に瑕をつけられず自棄になった大上さんが、何をするか解らないですし、ホテルを探すにも時間が遅かったので、今夜だけ、避難させて下さったのです。
黒田さんは、一軒家に一人で住まれていました。
「寝室は2階だけど…俺の書斎も2階だし…そのソファを使って。キッチンは…レトルトやインスタント、念のため、期限見て食べて。お風呂は、そっちね。あ、良かった。新品、あった」
ビニールの袋に入ったままのスウェットを渡してくれて、気持ち悪いだろうから、と、お風呂を先に勧めてくれて、出ると、もう、黒田さんの姿は無く、ソファの上には羽毛布団が置いてありました。
私は、食事をして、一旦は、ソファに横になったのですが、すぐに起き上がり、階段を上がりました。
彼の息子さんが、小学校に上がるのを機に、ご家族が実家から戻ってくる、と聞かされたのは、それから1年後の事でした。
私は不倫をしていました。
彼が結婚していた事など知らなかったのですから、私が悪いわけじゃないですよね。
それに、今更、知ったところで、私の身体は、もうすっかり利治さんに染められて、別離れられるわけがないのですから、このまま関係を続けるのも、仕方がない事なんです。
彼と彼女の言い訳【KAC2023】-07 久浩香 @id1621238
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