彼と彼女の言い訳【KAC2023】-07
久浩香
第1話 彼の言い訳
「いきなりで悪いけど、あれは、誤解なのよ。…だって、悔しいじゃない。アタシと
「…はぁ」
私の名前は、
今、私の前に座って、私の事を”ウサギちゃん”と呼び、マシンガントークを繰り広げている
久美子さんとは、先週の土曜日、部署は違うものの、職場の先輩にあたる大上慎一さんに押し切られて行く羽目になったバーベキューの、現地まで車を出してくれる先輩の友達として知り合いまして、メール交換も、その時にしました。
これについては、私の性格に問題がありまして、どうにかしたい、直したいと思ってはいるのですが、強い口調で迫るように言われると、断れなくて、つい了承してしまうのです。
「酷いと思わない? そりゃぁ、ね。アタシと慎一は、オトモダチっていうか、親友、なんだから、恋の相談をされるぐらい、なんでもないっていうか、当たり前って言えば当たり前なんだけど、それにしても、上手くいったら上手くいったで、真っ先にアタシに報告する義務ってもんが、あるでしょ」
「あ…いえ、あの…」
「あっ。ウサギちゃんを責めてるんじゃないのよ。ウサギちゃんは、多分、慎一が私に相談してるなんて知らなかったんだろうから、これについては全部、慎一が悪いって、アタシは思ってるから。それは、気にしないで。でも、さ。慎一、あそこからバーベキュー場迄の道中だけでも、いくらでもアタシに報告できたと思わない?」
「は…い…って、あ、いえ、私と大上さんは…」
「大上さんって」
久美子さんは、プッと吹き出した。
「え、何? やっぱり、怒ってる感じ? あ、だよね。あ~。も~。ごめん。ホントにごめんね。でも、さ。ほら、アタシがムカついた理由も解るでしょ。ほんと、結構、時間作って、話、聞いてあげてたんだよぉ。なのに、さ。それまで、全然、おくびにも出さないでいた癖に、私達が到着して、ウサギちゃんを紹介する段になって、『美穂は俺のカノジョだかんな。お前ら、絶対、手ぇ、出すなよ』なんて、しかも、アタシじゃなくって、男連中を牽制するのに、カミングアウトしたんだよ。こっちは、もう、『はぁ?』よ。『はぁ?』」
「いえ、あの…ですから」
「大体ね。よくよく考えると、慎一だけじゃなく、あの場にいた男連中にも、アタシは、ムカついてたのよね。だって、そうでしょ。慎一はともかく、あいつらの中には、慎一ばっかりが、私と行動してズルい、って、偶には、俺の車にも乗ってよ、って、いかにも、アタシへの下心見え見えな奴もいたの。それなのに、みんな、ウサギちゃんの方に行っちゃうんだもん。ほんっと、ヤな感じだった。アタシもそうだったけど、他の女子達も、同じ様に思ってたと思うよ。だから、ウサギちゃん。あの日、あんま楽しくなかったでしょう。それも、そうだよねぇ。あいつ、モテるからさぁ。顔だけじゃなく、スペック的にも、上物の部類に入るからね」
「はい。会社でも、モテて…ます」
大上さんが女性社員に人気があるのは、本当でした。営業で、トップクラスの実績を上げているのは、もちろん、本人の力量もあるのでしょうが、大上さんを好きで、色々と融通を利かせてもらっているのも、少なからず、関係がある、と、思ってもいました。
「だよねぇ。ま、それはいいんだけど。でね。あの時さぁ。アタシと慎一、車の中に戻ってたじゃない。あれね。あの時、アタシ、慎一に言われちゃってたんだよね。もう、今迄みたいに、一緒はできないって。ウサギちゃんを大事にしたいからぁって…」
(ん?)
あの時、名前なんて覚えていないけど、誰か、酔っぱらった男性に揶揄われて、あまりの話の通じなさに、逃げるようにゴミを捨てに行った時に、駐車場を通り、偶然、見てしまった事が頭を過ぎる。
「…ほんと、ダメねぇ。友情なのよ。でも、ほら。あるでしょ。女同士でも。ずっとペアだった子が、急に他の女の子と遊ぶようになって、その子ばっかり優先したりするようになったら、自分の場所を盗られたって思うヤツ。それこそ、カレシにフラれちゃった様な気分になるヤツ。きっと、アタシ、それを感じたんだと思う。ん…と。なんていうのかな。アタシ、悪くないじゃない? それどころか、励ましたりして、仲良くなれるよう後押ししてあげてたわけ。なのに、いざ、仲良くなったら、もうアタシなんていらないって絶交された気持ちになっちゃってね。うわ、やばーって思いながら、アタシ…泣いちゃったのね。アタシがよ。自分でも信じられなかった。え、アタシ、泣くんだ…って思ってさ。で、慎一も、アタシが泣いたもんだから、狼狽えちゃって、アタシを抱きしめて、頭とか背中を撫でてくれたの。きっと、小さい子を泣き止ますのと、同じ感じだったんじゃないかな。で、慰めて貰いながら、でも、これで、ここから帰ったら、結局、もう、今迄通りの付き合いはできないんだなぁって思ったら、ホントに情けなくなって、アタシ…アタシの方から、キスしちゃってたの」
私は、かなり前から、私が口を挟む暇が無い程、久美子さんが話している事を、何故、私は聞き続けているんだろう、という疑問を持っていたのですけれど、どうやら久美子さんは、彼女が大上さんにキスをした言い訳を、ずっと喋っていたのでした。
「だから、ね。この件について、悪いのは私で、慎一は悪くないの。だからね。慎一を許してあげてくれないかなぁ。貴女に避けられてるって、慎一、かなり、落ち込んでてね。アタシ、責任、感じちゃって…だから、ウサギちゃんの忘れ物を車の中で見つけた瞬間、あ、これで、慎一のせいじゃない事をちゃんと言えるって、貴女に謝れるって思ったの。本当、ごめんなさい」
久美子さんは、そう言って、私のスケジュール帳を返してくれました。
「すみません。有難うございます」
私は、それを鞄の中にしまい、次いで、お財布を出そうとしたら、
「あ、いいの、いいの。ここ、知り合いの店だから」
と、言いました。
「あ…では、ご馳走様です。有難うございます。では、私、帰りますね」
「うん。こっちこそ、有難う。慎一の事、よろしくね」
家に帰ってから、スケジュール帳を捲ると、やっぱり、シャーペンで書いたバーベキューの文字と、その文字の上からチェックをした跡があり、それらを消しゴムで消した後、バーベキューの文字だけを書き直していた。
「…やっぱり」
私は、スケジュール帳を、久美子さんの車の中に落として、忘れたわけではありませんでした。証拠はありませんが、恐らく、私のスケジュール帳を盗んだのは、大上さんなのだと思います。そして今日、これを私に返すのを口実に、私が久美子さんと会う様に仕向け、あの時の状況を語らせて、自分は何の弁解もせず、自分は悪くないと、言い訳をしたかったのでしょう。
あの時、見えてしまったキス。
私には、大上さんが久美子さんに覆いかぶさっているように見えたのですが、それは、どうでもいいのです。
だって、私は、大上さんと交際してなどいないのですから。
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