HSPの、NOといえる人間になりたい!

黒いたち

HSPの、NOといえる人間になりたい!

 なにかと自分に言い訳して、断れない。

 だって前回は断ったし。今日は天気がいいし。10分だけだっていうし。


 断る行為が心苦しい。

 なのに、断らなくて後悔する。


 自分の時間を削ることは、自分の人生を削ること。

 自分の命を、断りたいひとづきあいに使って、後悔することのくりかえし。

 変わりたい。

 断れる人間になりたい。

 他人に何を思われてもいい、と思っているのに、なぜ断れないのだろう。

 断りたい、断りたい、断りたい。

 自分の時間はすべて執筆に回したい。 

「フェードアウトしているつもり」は、相手に伝わることはない。




「ゆずちゃん、いっつも同じこと言ってるね!」


 豪快にハイボールを飲み干し、親友のみおがわらう。

 わたしのこぼしたためいきは、串カツ店の喧騒に消える。

 うずらたまごの串揚げをかじり、うらめしげに澪を見やる。


「だから澪に相談してる」

「断ればいいじゃん」

「なんか悪いなぁって思っちゃうの」

「なぜ?」

「考えてるけど、わかんない。べつに悪く思われてもいいのに、どうして断るのがこんなに苦しいんだろ」


 わたしはあたまをかかえる。澪はキャベツをぼりぼりかじる。


「まずね、ゆずちゃん。HSPの人間は、罪悪感をかんじやすいの」 

「はい」

「断れないことに、自己嫌悪する。悪循環だよ」 

「……だよね。皆はちゃんと断れてるのに、なんで私はできないんだろう」

「その劣等感は幻想だから捨てなさい」

「だってぜんぜん成長できてない! 堂々巡りでくだらない愚痴ばっかり――んぐ」

「くだらなくないから悩むんでしょ。自分を卑下するのはよくないわ」


 ひとの口にエビ串をつっこんどいて、慈悲深げな雰囲気をかもしだす澪はある意味役者だ。

 しかたないので咀嚼そしゃくする。

 プリプリの身とサクサクの衣が、ちょうどいい塩分でくちいっぱいにひろがる。

 エビの旨味がたまらない。

 きれいに食べきり、串を置く。


「エビ串やばい」

「でしょ」


 澪は得意げに笑い、店員を呼ぶ。


「カマンベールチーズ2本と、牛カツ2本」

「しいたけとシシトウも!」

「2本ずつね。あとハイボール! ゆずちゃんは?」

「生中おねがいします」


 皿に残った焼き鳥を、一本ずつ食べる。

 ハイボールと生中がとどき、本日四回目の乾杯をした。

 

「そうよ。どうせ言い訳するなら、言い訳すればいいのよ」

 

 枝豆をかじる澪が、不可解なことを言い出す。


「どういうこと?」

「要は、自分に言い訳するんじゃなくて、相手に言い訳するの。おなじ労力でストレスフリーになれるなら、そっちのほうが効率的じゃない!」


 そういって澪は、スマホをとりだす。


「まずは、体調がかんばしくない」


 軽い指さばきで画面をタップしていく。

 ブブッとわたしのスマホがふるえた。


 みると、メッセージアプリの通知が一件。しかも澪からだ。

 ひらいてみると、先ほど澪が言った通り――。


「隊長が芳しくない」

「あ、誤字った」

「部隊が全滅するじゃん」

「ゆずちゃんのそういうとこ好き。はい、つぎは?」

「つぎ?」

「ほら早く言って」

「え、えーと、『でかける用事があって』?」

「いいじゃん!」


 ポコン、とメッセージが追加される。


「ほらゆずちゃん! 私の指が暇ですよ!」

「じゃ、じゃあ『暇じゃないので』!」


 澪がブフッとふきだした。


「レベル高っ! それ言えたらもう怖いこと何もないじゃん」

「あ、たしかに」

「『さいきん忙しくて』にしとくわね」

 

 澪は笑ってメッセージを追加する。

 その後もあれこれ言い訳をかんがえ、いい案もわるい案も、ふたりのトーク画面に追加していく。


「あー、笑った笑った。これだけあれば、どれか一個ぐらいは使えるでしょ」

「うん。めちゃくちゃ使える」

「ちょっとは楽になった?」

「うん。……ありがとう、澪」


 澪はサムズアップをして、いい笑顔を見せる。


「じゃ、いいわけ集の完成記念に乾杯だ! すみませーん、注文おねがいしまーす」


 わたしはおもわず吹きだす。

 HSPの特性はしんどいことがおおいけど、ひとつだけよかったなと思うことがある。

 楽しい気持ちを、人の何倍も強く感じられることだ。

 こういう瞬間は無敵になる。

 まずは一歩。

 できるかできないかは別として、ふみだした自分にご褒美だ。


「澪! デザートも頼もう」

「もっちろん」


 顔を見合わせ、笑い合う。


 今日はよかった。とてもいい日だ。

 愚痴る自分をまるごと認めて、解決策をかんがえればいい。

 トーク画面に残る文字は、そっと私の背をなでる。


 わたしは変われない。だけど行動を変えることはできる。

 繊細な心をだきしめながら、明日もわたしは、生きていく。

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