魔王の不運

あまたろう

本編

「ぐあああ……、おのれ勇者め……!」


 俺の渾身の一太刀を受けた魔王は、テンプレ通りの断末魔を上げて崩れ落ちた。


「……はぁっ、はぁっ……か、勝った……?」


 とはいえ、我ながら危ない戦いだった。回復役となる僧侶の魔力はほぼ底をついており、もはや擦り傷を治す程度しかできなかったと言っていた。

 攻撃魔法を担当する魔導士も限界で、肉弾戦を得意とする、パーティーの盾ともいうべき戦士も立つのがやっとの状態であった。

 俺も最後の一撃が通らなかったら、もはや同じ威力の攻撃はできなかったであろうというぐらい消耗していた。

 ……要するに、限りなく紙一重の勝利だったということだ。


 その証拠に、魔王を倒したというのに仲間がこちらに駆けよることもできない。

 気持ちは走っているのだが、皆一様に体を引きずりながらゆっくり歩いてくる。

 しかし表情だけは3人とも笑顔とも泣き顔ともいえない、喜びがあふれているとしか表現できない最高のものであった。


「ギリギリだったわね。勇者様のあの一撃で倒せていなかったらと思うとゾッとするわ」

「……俺もそう思う」


 ……いや、実は今も半信半疑だ。はた目には倒したように見えるが、俺自身そこまで大きな手ごたえはなかった。

 確かに斬った。だが、その手に残るべき感触があまりに少ない。


「どうしたの?」


 そんな俺の険しい表情を見てか、僧侶が心配そうに尋ねてくる。

 あまりにも斬った手ごたえがなさ過ぎて、本当に倒したのか怪しいことを告げると、一瞬強張った顔になった。

 そんな俺たちを見て、戦士が口を開く。


「私たちはもはや限界だった。たとえとどめを刺し切れていなかったとしても、今これ以上戦うのは無理だ」

「そうですね。勝利の余韻はしばらく様子を見てからにしましょう」


 戦士の言葉に、魔導士も同意する。


「そうだな、まずはこの傷だらけの体を万全に戻そう。再戦に備えるためにも」

「……とりあえず温泉に入って一杯やりたい」


 そう言うのは戦士だ。だがそれもいい。

 願わくば、魔王が復活するにしてもそのぐらいの猶予は欲しいところだ。


 その時だった。


「勇者よ。残念だっt」



 ――プチッ



「えっ、おい」


 突然ゲームの電源を落とした7歳の息子に驚いて声を上げてしまった。

 ここから、王宮に戻って祝宴をしている最中に下の世界の大魔王が登場して、物語がまだまだ続くはずなのに。


「僕もおやつ食べたい。話長い」


 も、って何だ。

 あー、女戦士が言っていた、温泉入って一杯やりたいっちゅう話か。


 ……息子には、魔王を倒した余韻よりも今日のおやつの方が大事なのであった。

 魔王にとっては、7歳児が相手では不運だったというほかない。


<おわり>

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