extra scene 雑貨屋の脅威
ずぅん、のっしのっしのっし……という効果音が頭の中で鳴り響くようでした。絶対一般人じゃない、絶対に一般人じゃない! 無頼漢とかマフィアとか喧嘩屋とか、そんな単語が次々と浮かんできます。開店一ヶ月でもう閉店の危機かもしれません。その男性、ひどく不機嫌そうなしかめっ面で、腕を固く組んでいて、とてつもなく大きな身体をしたその男性は、私のいるカウンターの前まで来ると、怒っているような早口で言いました。
「あれが欲しいんだが」
私は唾を飲み込んで、ようよう聞き返しました。
「あ……あれ、と、言いますと……」
聞き返したせいで機嫌を損ねてしまったようです。男性は私のほうなど見向きもしないで、いや見てくれなくていいのですけれど、とにかく絶対に目を合わせようとはしないで、やっぱりすごく早口で言うのです。
「あの窓際に飾ってある雪のやつ」
「あ、ああっ! あれ、あれですね! はい! かしこまりました、すぐに!」
窓際に飾ってある雪のあれなんて一つしかありません。最近仕入れたばかりのスノードーム。水晶のような球体の中には、小さな赤い屋根の家と、北国っぽい針葉樹と、雪だるまが並んでいます。季節外れとかそういうことなんて気にならないほどとっても可愛らしくてこれはもう仕入れるしかないと思って仕入れたのですけれど、まさかこんな人がお買い求めになるなんて――っと、そんなことを考えている場合じゃない、物が分かったなら即、動くべし! 私は走って窓際まで行き、例のスノードームを引っ掴んで、即座にとって返しました。
「こ、こちらで、お間違いないですか?」
男性は言葉少なに頷きました。ああ、よかった、間違ってなかった! これで間違えていたら殺されていたかもしれない、なんて思って、流さずに済んだ冷や汗が代わりに溜め息になって零れ出ました。
「あの」
「はいっ?」
失敬なことを考えていたせいで、悲鳴のような返事になってしまいました。ああああ、見破られてた? 溜め息なんてついたのがまっずかったかも、やっぱり殺される?
男性は怒りを抑え込んでいるような低い声音で、ぼそぼそと言いました。
「……贈り物なので、適当に包んでもらえると助かるんだが」
「はっ……はい、かしこまりました……」
そ、そうですよね、贈り物ですよね! ひどく納得しました。そうですね、そうでしょうとも! こんな当たり前のことにびっくりしてしまうなんて、私ってば相当びびってますね。いやこれがびびらずにいられましょうか。
震えそうになる手を押さえつけて、スノードームの球体と土台の境目に赤いリボンをかける。紙袋は――しまった、可愛い柄のしかないんですよね、怒られるかな……中でもできる限り地味なやつを……いやいや待って、待ちなさい私。これは贈り物なんですから、この人の趣味とか私の恐怖とか関係ないでしょう! ええいままよ、これがいいんじゃないかなぁ!
半ばやけくそで選んだ紙袋は、白い花がふわふわと浮かんでいる可愛いと綺麗の中間のものでした。うん……なんか、この人の相手の女性かぁと思うと……間違いなくごつごつした大女――嘘です、きっと大人っぽい方だろうと……だからこれぐらいがいいんじゃないかなぁとか思ったわけでして。
包み終わった商品を差し出すと、初めて男性は腕をほどきました。カウンターにお金を置いて(意外や意外、置き方は静かなものでした。叩きつけるように置かれるんじゃないかと思っていた私はちょっと拍子抜け)、私の差し出した紙袋を、そうっと、つまみ上げるように持ちました(ぐわしっと奪い取るように引っ掴まれるんじゃないかと思っていた私は肩透かしを食らった気分)。
「ありがとう。それじゃあ」
のっしのっしのっし、と、床がきしむほどの足音をゆっくりと立てて、男性は去っていきました。扉をくぐるのにちょっとかがんでいたから、ええと何センチでしょう? 相当な背の高さであることには間違いありませんが。
誰もいなくなった店内で私は堂々と溜め息をついて、椅子にぐったりと座り込みました。
ああ、なんて怖い人だったのでしょう!
「……二度と来ませんように」
お客さんに対して願うことじゃない、と思いはしましたよ。でも、ごめんなさいね、こんな経験もうこりごりなのです!
fin.
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