extra scene ボタン


「それ、とっても素敵なボタンね」

「ボタン?」


 ベルは首を傾げて、それから自分のシャツを見下ろした。この間故郷から送られてきたばかりのものだった。母か、姉の旦那か、どちらかが作ったものである。お手製の服を定期的に送ってもらっているのは、決して一人で買いに行けないわけではなく、行ったところでサイズがないからであった。


「別に、普通のボタンだろ」

「そんなことないわ。四角いボタンって珍しいし、光沢があるのもとっても素敵」


 そう言ってカトラがうっとりとした目で、ベルのシャツのボタンを見つめる。ベルはなんとなく居心地が悪いような感じを覚えて、かといって見るなとも言えず、そっぽを向いてコーヒーカップを持ち上げた。


「そういえばこの間も、なんか細かなものをいろいろと買ってたな」

「好きなのよ、そういうの」

「何に使うんだ?」

「うーん……」


 カトラは天井を見上げた。そうやって考える間だけ、急にベルの視線が戻ってくる。そのことにカトラは気づいていたが、嫌な気分は全くしないのだった。ベルの目にはいつだって、急かす色も脅かすような色もないから。


「特に決めてないわ」

「決めてないのか」

「ええ。だって、何に使おうかしら、って考えるのが楽しいんだもの。もちろん、実際に使うときだって楽しいんだけれど。あれもいいなぁ、これもいいなぁって考える時間がとっても好きなのよ」


 と、幸せそうに微笑んだ顔を、ベルはやっぱり直視できなくなる。わずかにうつむいてコーヒーを傾ける。


「そのボタン、取れちゃったら大変よ。同じボタンってなかなか探せないと思うから、気をつけてね」

「……裾に予備がある」

「ああ、それはよかったわ」

「やろうか?」

「えっ」


 思わぬ申し出に、カトラは目を丸くした。


「でも、だって、そうしたら取れちゃったときどうするの?」

「どうせ俺じゃあ付け直せないし。いいよ、やる。引きちぎれるかな……」

「あ、ちょっと待って、それならはさみを持ってくるわ」


 椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がって、カトラは店を飛び出した。

 小さな、小さなボタン一つに、


(いいのかしら。でも、これって、もし取れちゃったら……)

(……もし取れたときには、なんて……)


 小さな下心が二つ。

   fin.

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