extra scene 邪魔するやつは俺が蹴る
「頼むぞ、バース」
おいおい、ベル。何をそんなに不安げな顔してんだよ。
「カトラが乗っている間は大人しく走ってくれ」
お前、俺を乗りこなす自信がないってのか? 女一人乗せたくらいでびびりやがって。大事なのは分かるけどな、違うだろ。ここはアピールのタイミングだ。
「走る気だなお前」
当然だろ! せっかくなんだ、思いっきりかっこいいところを見せつけてやらねぇと!
「……せめて町中を抜けるまではやめてくれ。町を抜けたら、好きにしていいから」
……はぁ。ったく、仕方ねぇなぁ。俺の相棒は心配性で困るぜ。
ベルはカトラを軽々と抱え上げて、俺の背に乗せた。うっわ、軽っ! ちょっと軽すぎやしねぇか? 本当に乗ったのか? 紙を乗せたんじゃないか? 大丈夫なのかこれ?
「高い……」
ふ、と、カトラが俺のたてがみを撫でた。そよ風みてぇな、普段俺に触れる連中の手とは大違いの感触。うっわ、なんかそわそわする!
ベル、早く乗れ! 重くなってくれねぇと、俺、走り出しちまう!
「しっかり掴まってろよ」
「うん」
乗るぞ、という合図を腹で受け取った。よし来い、と俺が構えるのを見てから、ベルは
ずっしりとかかる体重。そうそう、こうでなくっちゃ。いいね、ようやく落ち着いた。
「気をつけて行ってきてくださいね」
「はい」
はいよ、ヴァレンタイン。行ってくるぜ。
ベルの合図でゆっくり歩き出す。気分は遊覧船だ。ま、こればっかりは仕方ねぇ。町の連中は俺の巨体にびびるからな。人間だけじゃなく馬までそうだ。すれ違う馬車馬連中は御者と揃ってぎょっとした顔で、そそくさと脇に避ける。俺のために道を開けてくれるのはたいへん気持ちがいい。最高だね。が、うかつに走り回りゃ、怪我人が出てもおかしくない。さすがの俺も事故るのは勘弁だからな。くだらん難癖をつけられたら、別に俺は困らねぇけど、ベルとヴァレンタインが困るし。
今日はちょっとだけ周りの視線が違った。そりゃそうだ、こんな美人を乗っけてんだから。俺は上機嫌。カトラも機嫌よさそうだ。はしゃいだ声が時々聞こえる。はは、ベルのしかめっ面が目に浮かぶぜ。あの野郎、俺とそっくりなくせに正反対だからな。体格の良さは男らしさだ。怖いだなんて、言う奴が弱いのが悪い。堂々としてりゃいいものを。
――ところでベル、お前、町中を抜けたら好きにしていい、って言ったよな? 言ったよなぁ?
「……カトラ、バースが走りたがってる。できるかぎり抑えるが……鞍にしっかり掴まっていてくれ。それと、舌を噛まないように気をつけて」
「分かったわ」
ベルが手綱を握り直した。よしよし、ようやくか。
「走りすぎるなよ、バース」
分かってるよ相棒。お前の恋路を蹴飛ばすような真似、いくら俺でもしねぇって。しねぇからとっとと合図を寄越せ。たまにはお行儀のいい走りを見せてやる。
走れ、の合図を受けたと同時、俺は普段よりずっと優しく地面を蹴った。
町の東の草原に着くまでノンストップ。揺れに慣れたカトラが楽しそうに笑っている。ベルはちょっと意外そうだ。ふふん、見たか。俺だってこれぐらいのことはできるってわけよ。
だだっ広い草原の真ん中辺り、ひときわ大きなオリーブのそばで俺を止めて、ベルは飛び降りた。
「上手く加減したな。偉いぞ、バース」
そうだろう? もっと褒め称えてくれていいんだぜ。
俺の鼻面を撫でてから、ベルはカトラを下ろした。
「加減してたの? あんなに速かったのに?」
「いつもと比べたらかなりゆっくりだったぞ」
「そうだったのね。それじゃ、満足できてないんじゃないかしら」
お、鋭いな。その通り。
「いつもこの辺りを好きに走らせるんだ。こいつが満足するまでな。ほら、好きに走ってきていいぞ、バース」
おいおいベル、どうせお前のことだ、二人きりになったってろくにアピールもできねぇくせに、粋がってんじゃねぇよ。
鼻先でベルの背中を押す。おら、乗れよ。
「どうした、珍しいな」
馬鹿だな、お前。気付いてなかったのか。さっき軍のグラウンドを走ってた俺たちを、じぃっと見てたカトラの視線。あれは完全に見惚れてたぞ。めったに、いや一度もくらったことのない熱だったからすぐ分かる。間違いないぜ。
だからさ、もっと見せてやろうぜ、本気の走りってやつをよ。
「仕方ないな。悪い、カトラ、ちょっと待っててくれ」
「いいのよ、見てるのもすっごく楽しいんだから。行ってきて」
カトラが晴れやかな笑顔で俺の首筋を撫でた。だぁぁ、やっぱりそわそわする! 早く乗れ、ベル! 行くぞ!
乗り直したベルは、まずカトラから少し離れるように指示した。ちぇっ、仕方ない。確かにあんな至近距離から走り出すのはまずいな。俺は大人しく歩いてやる。
それから、ようやく待ち望んだ合図が。
「行くぞ」
おう!
俺は思いきり地面を蹴った。
fin.
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