extra scene 門の外の男
「ちょっとお尋ねしてもいいかしら、門兵さん」
その子が声をかけてきたのは、春の兆しが見え始めて、勤めんのが一番楽な季節になったなぁとぼんやりしてたときでね。
俺はへぇと思ってまじまじと見つめちまった。この田舎町にこんなべっぴんさんがいたのか、ってさ。
ブロンドじゃないぜ、もっとくすんだ金色というか、いうなれば干し草みてぇな色の髪だが、そいつがなんともしっくりきてんだ。薄い水色のワンピースも、なるほどこういうのを“清楚”って言うのか、って、そう思ったね。目は、黒なんだか紫なんだか分かんねぇけど、丸くて大きくて、木の実みてぇな形でさ。鼻も唇もちょうどいい塩梅で、ま、ともあれその子は、文句なしの美人さんだったわけだ。一筋縄でいかねぇタイプだな、ってのも分かったけど。へらへらしちまうのはしようがねぇ。男の仕様だ。
「おう、迷子かい、お嬢さん?」
「いいえ、軍警さんを捜してるの」
「困り事か。なら近くの駐在所に行くといいぜ」
「困り事といえば困り事だけど、そうじゃないの。ええと、何て言えばいいのかしら……」
そう言ってその子は上を向いた。やあ、綺麗な喉首。細っこくて白くて、たまんないね。
その子の声はちっとだけ小さくなって、空に向けて呟くように言った。
「会いたい……会って、お礼を言いたい人がいるの」
はぁん。なるほどね。俺は恋愛沙汰に関しちゃ門外漢だが、耳の先っちょが明るくなってんのを見りゃ、ああ憎からず思ってんだなぁってくらいは分かるもんで。お礼、っつーからには、なんかの拍子に助けてやったんだろう。どうやらたいそう運のいい男がいたらしい。一生分の幸運を使い切っちまったんじゃねぇかな。
よぉし、この可愛い子ちゃんに免じて、だ。一肌脱いでやろうじゃねぇの、どこのどいつだか知らねぇが、ラッキーな野郎め。
「名前は分かるかい?」
「いいえ、それが分からないの」
「じゃあ顔は」
「それも……暗かったから、よく見えなくて」
「そいつぁ困ったな」
名前も顔も分からねぇんじゃ捜しようがねぇ。
「でもね、軍警さんなのは確かよ。たぶんここ二年か三年くらいの内に入隊した方で、階級なしの捜査官だったわ」
その子は妙に自信たっぷりな口調でそう言った。だけどな、そう言われたって絞りきれねぇよ。ここに配属されてる捜査官が何人いると思ってんだか。せめて階級があればなぁ。
なぁんて思った俺を引っぱたくみたいに、
「それで、北国の出身よ。身長はだいたい百九十センチくらいだと思うわ。もしかしたらちょっと超えるかも。それぐらい背が高くて、すごくがっしりした方だわ。煙草はあんまり吸われないみたい、においがほとんどなかったもの。右利きで、ちょっと不器用ね。ちょうちょ結びがどうしても縦になっちゃうみたい。紳士的だけれど、女性に慣れている感じじゃないわ。声は低くて大きくて、あ、そうそう、右手の甲に小さな火傷の痕があったわ」
すらすらすらすら、立て板に水って感じで情報が出てくるわ出てくるわ。そいつを聞いているうちに、俺の頭の中にぼんやりとあいつの顔が浮かび上がってきた。
「おー……あー……そいつは……」
「ご存知かしら?」
「まぁ、たぶん、あいつだろうな……」
「知ってるのね、良かった!」
嬉しそうに両手を合わせた可愛い子ちゃんと反対に、俺の気分はずんと沈んでった。
ああ、なんてことだ。暗い中で会っちまったがための悲劇、ってか?
この子が言ってんのはまず間違いなくベルだ。ベルトランド・リドル。今年で三年目の捜査官。実を言うと、北国出身で百九十センチ超え、ってだけで充分だった。そんなのあいつしかいねぇ。
しかしなぁ、よりによって。
「どうかなさったの?」
「ああ、いやいや。そいつなら今巡回に行ってる最中だよ。ちょうど戻ってくる時分だがね」
「ここで待っててもよろしいかしら」
「どうぞお好きに」
「ありがとう」
その子はにっこり笑って、俺の隣に立った。
はぁ。俺は溜め息を飲み込んで、あいつを何て言って慰めてやろうかって考え始める。
ベルはなぁ、いい奴なんだけどなぁ、いかんせん顔が怖すぎる。目が細いのが悪いんだろうな。あと口角がいっつも下がってんのもよくねぇ。おまけにあのでかさときたら。第一印象はもう最悪。特に女と子どもには、十中八九、いや百発百中、怖がられて泣き叫ばれるのが常のこと。
何が嫌か、って、いつものことなのにな、そうやって怖がれるたび、真面目にしょんぼりするあいつを見んのが嫌なんだよ。どうにも可哀想になってくる。まして今回は最悪だ。助けたお礼にってやってきた、こんな可愛い女の子が相手とあっちゃあ……。
おっと、彼女がこっちを見た。
「憂鬱そうね? 何かお悩み事?」
「あー、いや、なんでも……――いや、うん、そうだな……」
なんでもねぇ、と言いかけて、俺はふと思いついた。そうか、先に言っといてやりゃいいんだ。せめて振りだけでも、あいつを怖がらないでやってくれ、って。
そうだ、そうするっきゃねぇ!
ところが、勢い込んだ俺の出鼻をくじくように、彼女がぱっと壁から背を離した。
「ねぇ、あの方かしら?」
「えっ。あー……」
やべぇ、誤魔化しきれずに頷いちまった!
周囲から頭二つ分くらい飛び抜けた大男が、真っ直ぐこちらに向かってくる。俺はもう見慣れたが、やっぱ顔が怖いんだよなぁ。すれ違う連中が必要以上に距離を開けてやがる。そうしたくなるのも分かるんだけどよ。
可愛い子ちゃんは、もしかしたらちょっとばかし目が悪いのかもしれねぇな、やってきたベルに向かってにこやかに片手を挙げた。
「軍警さん!」
「は?」
ベルの顔が怪訝そうに歪み、いっそう怖くなる。あーあ、こうなっちまったら仕方ねぇ、骨は拾ってやるからな……!
――なんて、俺の心配こそ無駄骨だったわけなんだが。
やっぱり俺は門外漢。人の好みだ、乙女心だ、なんてのはさっぱり分からんときた。
だがね。
そんな俺の目にも、正午の鐘が鳴り響く中で、顔を寄せて話す二人の姿ってのは、やけに輝いて見えたのさ。もちろん、そうあってほしいって俺が願ってるからそう見えた、ってだけなんだが。たまにゃあいいだろ? なにせ、春なんだしさ。
fin.
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