サイバージパング

海星めりい

サイバージパング


「ティーツー、〝アンラッキー7〟を知っているか?」


 馴染みの調整屋で義腕の調整の最中にそんなことを聞かれた。ティーツーってのは俺の名前だ。後者の方は聞き覚えのない単語だが、似て非なる物は知っている。あのクソプログラムのことだろ。


「〝ラッキー7じゃなくてか?〟」


 〝ラッキー7〟――使用者に強烈な多幸感を与える使い捨て電子ドラッグの一種だ。汚染性こそないが、頭があの快感を記憶した場合欲望にあらがえるかは人任せという、中毒性をこれでもかと煽る最悪な代物だ。

 俺の問いかけに対して、調整屋の店主であるズィーガは首を横に振る。


「それが違うらしい。多幸感どころか使用者が苦痛と悪夢にうなされるのが〝アンラッキー7〟って話でな。しかも、〝ラッキー7〟とかなり似てるらしく、質の悪い検査機じゃ見分けられないまま、街中に拡散したせいで〝ラッキー7〟の売り上げが落ちてる」


「それはいいことだって言いたいが……そんなもん作ってばらまいた奴はバカなのか? 街の権力者に喧嘩を売るなんて?」


〝ラッキー7〟が最悪の電子ドラッグなのにはもう一つ理由がある。

 それはこの街――ジパングの実質的な支配者である〝トクガワ・インダストリー〟によって、ばらまかれているという公然の秘密だ。

 使い捨ての高性能電子ドラッグなんか、そこらの企業や人間に作れるもんじゃない。

 警察も表面上は取り締まっているが、大本への捜査は一切行わないあたり、上層部は理解しているか繋がっているのは間違いない。


 そんな〝ラッキー7〟の偽物? おまけに見分けが付かないレベルの? 

 街の裏がやけにうるさいのはそれが原因か。外での仕事から帰ってきたばかりだから、ここで知れたのは行幸だろう。


「さあ? なんでばらまいたのかは知らないさ。ただ、どっかの誰かさんみたく支配が嫌いなのかも知れないぜ?」

「はっ、喧嘩を売るのはいいが、やり方がマズいだろ」


 意味ありげに笑いかけてくるズィーガに対して、吐き捨てるように言いきる。


「これじゃただの子供の嫌がらせだ」


 ズィーガがわざわざ話したと言うことは、この件に連携するような動きが無いということだろう。なら、トクガワの牙城を崩すには何手も足りない。


「それで……だ。ティーツー、お前に依頼がある」

「……いつから依頼屋フィクサーの真似事までするようになったんだ?」


「コイツは特別さ。ウチのプログラマーが〝アンラッキー7〟に興味津々でね。開発者のご尊顔を拝みたいって駄々をこねんのさ」

「あのクソガキ……」


 脳内に若作りした小憎たらしい金髪のクソガキ(二五歳)の顔が頭に浮かぶ。余計な仕事を増やしやがって。

 すぐにでもぶん殴りたくなったが、一先ず抑えてズィーガに問いかける。


「この〝アンラッキー7〟を作った奴が役に立つという判断か?」

「それも含めての依頼だとよ。価値があるかはお前が決めていいそうだ」

「…………わかった。俺も興味が無いわけじゃないからな」


 最終的な判断はこちらに任せるというのなら、調べるのは悪くない。駒になるか仲間にするか、処分するかは分からないが、な。

 ため息を一つはいたところでズィーガが俺の義腕を手際よく外していく。


「それで、今のお前さんの義腕は使い物にならなさそうだから、丸ごと交換といきたいんだが――このハイチューンされたトクガワ製のでいいか?」

「……トクガワ製は止めてくれ」


「この前、トクガワ製のライフルがしっくりくるとか言ってなかったか?」

「武器は、な。身体とリンクさせるのは嫌いなんだよ。とにかく、他のとこにしてくれ」

「へいへい、注文の多い客だぜ――そういやこの前シマヅ製とダテ製の新型を手に入れたんだった。使ってみるか?」


 ズィーガが二つの義腕を見せてくるが、シマヅとダテは尖った性能をしていることでも有名だ。新型とやらに興味がないとは言わないが断っておく。


「……普通にオダかトヨトミにしてくれ。安定性の高い一世代前ので頼む」

「りょーかいっと」


 カチャカチャと音を立てながらつけられていく義腕の接続と調整を見ながら、俺はこれから先の仕事が少しでも面倒じゃないことを祈るだけだった。



 **********



「っち、ここも無駄足か……」


 ズィーガの調整屋で〝アンラッキー7〟の制作者を探す依頼を受けてから早一週間。


 最初は〝アンラッキー7〟が出回っているというというのに未だ〝ラッキー7〟を売り続ける三流の売人や業者から聞き込み(物理)をしつつ、仕入れ先を確認していた。


 だが、どいつもこいつも上から流れてきたのを使っているだの、流通の途中で掠めて自分達で勝手に使っているだの、碌な情報がない。

 それで今は方針を変えて、リスクがでかくなるかわりにメリットもでかくなる、〝上〟を狙うことにした。


 具体的にはトクガワの情報部隊、と言われている〝ガーデン・キーパー〟が経営する店に忍び込んでデータを探っていくだけだ。

 トクガワも〝ラッキー7〟の偽物が出回っている現状はどうにかしたいはず。

 警察を大々的に動かせば流石に全部を誤魔化すのは難しいだろう。

 流通路の一部を犠牲にしてもことを治めるならアリだが、初めからそんな手は打ってこないだろう。


 奴らは汚い所は、汚い所に任せればいいと思っている。

 だからこそ、〝ガーデン・キーパー〟に情報を集めさせているはずだ。その上で店のサーバーに依頼した痕跡や把握していない情報があると思ったのだが――これが中々見つからない。


 今新しく侵入した酒場がこちらで把握している限り最後の店だ。時間帯的に人は多いがその分警戒も多少は緩んでいる事だろう。

 中に侵入した俺は辺りを警戒しつつ、首筋からプラグを引き抜いて、そのまま店内の端末へと接続し情報を探っていく。


「……確定情報はなし。とはいえ、手がかりは掴めたか」


 接続していたプラグを引き抜いて、〝ガーデン・キーパー〟経営の酒場を後にする。

 〝ガーデン・キーパー〟も〝アンラッキー7〟の制作者を探していたところまでは予想通りだったのだが、未だ見つけられていないようだった。


 どうやら制作者は直接〝アンラッキー7〟を流しているわけでは無く、ドローンを使って保管庫の中の〝ラッキー7〟が保存された使い捨て端末に〝アンラッキー7〟を上書きしたらしい。


 最低限の頭はあるようだが、一つミスをしていた。ドローンの一台が撃墜されてしまったらしい。撃墜されたドローンは自壊処理をしたらしいが、トクガワが関わっているのならある程度の接続データは復活できるだろう。

 アクセス地点らしきものを〝ガーデン・キーパー〟達は割り出すことに成功したらしい。


 そこに襲撃者を送り込んだともあった。依頼されたのは傭兵が数名。二流ではないが、一流とは呼べない連中……しかも、トクガワの犬になってでも知名度を上げたい功名心がある奴らだ。

 やる気があって腕がそこそこの奴らはやりにくくてしょうがない。


 ようは俺がやるのは〝ガーデン・キーパー〟達に依頼された奴らよりも早く制作者にたどり着き正体を暴く。そんでもって、見極めるということだ。

 まだまだ先は長くなりそうだ、と俺は頭を軽く振り夜の街を走り出すのだった。



 **********



「ここか……」


 たどり着いたのはダウンタウンと呼べるエリア――〝カツシカ〟だった。

 アクセスポイントはこの〝カツシカ〟の南端にある廃教会らしい。

 面で顔を隠した状態で教会の方へ近づいていくと、銃声が聞こえてきた。


「っちぃ!? 戦闘用ドローンがうじゃうじゃといやがる!! 邪魔なんだよ!!」


 見ればスキンヘッズの大柄な男が誘導式リボルバーで戦闘用ドローンを撃ち抜いていた。

 ドローン達は廃教会を守るように展開しているところを見ると、制作者が操っているか設置したものだろう。


 市販品から改造されているのか機動力と攻撃能力が強化されているようだ。俺が何かしなくてもなんとかなるだろう


 パパパァン!! と追加の銃声が鳴り響き、ドローンの数が次々に減っていく。

 二人の傭兵が戦闘に介入してきた形だ。

 スキンヘッズの男もそれに気付いたのか、声を荒げた。


「っ! 余計なことを!!」

「やられそうになっていた奴が良く言うぜ……」

「報酬は山分けでいいだろ? 後で殺し合うのも面倒だ」

「……わぁったよ!!」


 傭兵と言ってもチームを組んでいるので無ければ、報酬の取り合いが発声することもある。


 だが、今回は全員で平等に分けることにしたようだ。ある程度警戒はしているみたいだけれど、今すぐ仲間割れが始まる様子は無い。

 追加のドローンも展開されたが、腕のいい傭兵が三人もいてはドローンでは役に立っていない。瞬く間に減っていき、全て壊されてしまった。

 ドローンがもう出てこないことを確認した男たちは警戒した様子で廃教会へと進んでいく。


 すると、


「こないで!!」


 廃教会の中から声が聞こえてきた。少女の声だ。


「これ以上近づいたら辺り一面吹っ飛ばすわよ!!」


 その直後、中から現れたのは金髪碧眼の少女だった。歳は一二、三くらいか? 手元には起爆を捜査するためか端末が握られているが、それは悪手だ。


「くくっ、お嬢ちゃん。こういうのは姿を出さずにさっさとやった方がよかったな?」


「きゃっ!?」


 一瞬で近づかれ端末を取り上げられてしまう。

 しかし、少女は不敵な笑みを浮かべる。


「おあいにく様……ね!」


 そんな言葉と共におそらく体内からコードを送信して起爆させようとしたのだろう。だが、何も起きなかった。


 当然だろう。傭兵を近付かせた時点で彼女の負けは決まっていた。


「な、なんで!?」

「自爆なんてのは俺達が一番気をつけるもんだからなぁ! コード用の近接ジャマーくらい用意しておくさ」


「で、コイツがターゲットなのか?」

「まぁ、どちらにしても、〝アンラッキー7〟に関わっているのは間違いないだろ? とっととトクガワに引き渡そうぜ」

「バカ!? その名前をだすな!? 何処で誰が聞いているのかわかんねえんだぞ!?」


 自爆が失敗してから黙っていた少女だったが傭兵達の言葉――トクガワに反応したのか半泣き状態で叫びだした。


「トクガワなんか滅んじゃえばいいのよ!! パパやママも薬漬けにする企業のどこに正義があるっていうの!! アンタ達もあんな奴らに尻尾振って……死んじゃえ!!」


 清々しいまでの罵倒と啖呵だった。

 なるほど……彼女は本心でトクガワを恨んでいる。そして、今回の件を子供の嫌がらせだと思った俺の印象も間違いではなかったようだ。


 だが、あの少女――使える。


「っは! 嬢ちゃんが制作者なら話は早え。このまま殺せば依頼達成って事だよなあ!!」


 スキンヘッズの男のリボルバーの銃口が少女の頭へと向かう直前、俺は構えていたライフルから傭兵達目掛けて弾丸を三発続けざまに放った。


「っが!?」

「なっ!?」

「っ!?」


 義腕すら貫通する弾丸に傭兵達は思わず少女から手と目を離してしまう。


「流石はトクガワ製のライフル……むかつくが性能の良さは折り紙付きだな」

「だ、誰!?」

「離れてな」

「え、きゃああああああ!?」


 その一瞬の空きに少女の首根っこを掴んで廃教会へと投げ飛ばす。軽めには投げたから怪我はないだろう……多分。


「てめぇ!!」


 そこで俺の存在に気付いたのか、スキンヘッズの男は残っている腕に仕込まれたブレードを展開してくるが――すでに遅かったりする。


「はれ――?」


 先ほど、少女に近づいた時点でコイツの身体は俺の義腕から展開されたブレードで切り裂いていた。


 残りの二人は纏めてもう片方の義腕に仕込まれたワイヤーを首にかければお仕舞いだ。

 一人は咄嗟に腕を首とワイヤーの間に入れて即死こそ防いだが、足を払ってやればそのままバランスを崩してお陀仏だ。


 やっぱ、厄介な相手は油断と隙を狙った奇襲に限る。


「無事か?」


 ワイヤーとブレードを仕舞いながら投げ飛ばした少女へと話しかける。


「助けてくれたことには礼を言うけど……お尻打っちゃったじゃない!」

「それくらいで済んだら御の字だろうよ」


 詰め寄ってくる少女を見ながら苦笑する。こんだけの元気があれば大丈夫そうだな。


「それで、アナタ何者?」

「お前を連れて行こうとするもんだよ」


「私を? 何のもく――」

「その前に、爆弾はまだ使えるか? ついでに場所を移すぞ。誰かが来る前にな……」

「はあ?」


 よく分かっていない少女に説明しつつ、傭兵達を廃教会へと放り投げる。

 その後、少女が自爆しようとしていた爆弾も放り投げて、少女を連れてこの場からさっさと立ち去った。

 一区画は離れた所で、少女が再び問いかけてきた。


「私を連れて何をする気なの?」


 何をするかって?


「決まってる……トクガワの世をひっくり返すんだよ。お前だってそうするつもりだったんだろ?」

「それは……でも、私じゃ……こんなものしかつくれなかった」


 手に持っているスティック型端末に入っているのは〝アンラッキー7〟の元データだろう。一人で、おまけにこの歳の少女が作ったにしては卑下する必要の無い代物だと思うが、少女にとっては無力の証拠らしい。

 なら、その無力感を壊してやろう。


「一人なら嫌がらせにしかならないだろうな。だが、何人も集まれば可能かもしれない。俺達はそういう集いだ」


 その直後、後始末用に起動した爆弾が爆発し、廃教会が崩れながら燃えさかる。


「で、お前はどうする? やるか?」


 そう言って、俺が右手を差し出すと、アケチ・ミレディと名乗った少女は俺の手を強く握り返してきた。


「アナタ……本気みたいね。なら私もやるわ……本気で!」

「そうか。ようこそ、〝トウバク隊〟へ!」

「……名前ださくない?」


 なんか、最後に悪口を言われた気がするが、これで〝アンラッキー7〟の騒動は終わりだ。制作者死亡の噂と同時に新規の〝アンラッキー7〟が出回らなくなれば、そこそこ安全と言えるはずだ。


 俺達は優秀なハッカー兼プログラマーを手に入れられ、トクガワ打倒へ一歩近づいたといわけだ……まだまだ先は長そうだがな。今日くらいは無事と新たな仲間を祝ってもいいだろう。

 そんなことを思いながら、俺――トクガワ・タテムネはアケチを連れてアジトへと帰って行くのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイバージパング 海星めりい @raiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ