第2話
「そうか……。……すまない、変なことを聞いてしまったな」
「いいのよ、気にしていないから。それで、関羽、他に何かあるのかしら?」
「いえ、今のところは以上です」
「そう、それじゃあ説明を再開するわね。……劉備、今言った通り私達の勝利条件は袁紹軍を殲滅すること。でも、その為にはどうしても戦わなければならない相手がいるの」
「曹操さん、それってもしかして……」
「そう、呂布奉先率いる董卓軍が相手となるでしょう。……そこで、劉備には彼等の注意を引き付けてもらいたいと考えているの」
「なっ!? ちょっと待て曹操、劉備一人で行かせるつもりなのか? いくらなんでも危険すぎるだろ!」
「大丈夫ですよ、曹操さん。心配してくれてありがとうございます。ですけど、私なら平気なので任せてください」
「劉備……、本当に貴方一人に任せてもいいの?」
「はい、曹操さん達の役に立つためなら頑張ります」
「……そう、分かったわ。では、貴方に全てを託すことにしましょう。ただし、絶対に無理をしないこと。これだけは必ず守るように。……約束できるかしら?」
「はいっ! 曹操さん、ありがとうございます! 必ず期待に応えてみせますので、安心して見ていてください」
「ふぅ、全く劉備は。調子が良いのだから困ったものよね」
「曹操殿、その言い草は無いのでは?」
「あら、ごめんなさい。今のは冗談よ。許してくれるかしら?」
「は、はい。別に怒ってなんかないですけど、いきなりだったのでビックリしました」
「そう、良かったわ。……では、話を戻すとしましょう。これから行う戦いにおいて、貴方の役目はとても重要なものになるでしょう。だからこそ、貴方の事を信頼している者だけで編成した少数精鋭部隊を作っておいたわ。劉備、貴方はその部隊に混ざりながら、呂布軍の隙を見つけて攻撃を加えて欲しいの」
「はい、分かりました。……曹操さん、その部隊の隊長は誰が務めてくれるんでしょうか?」
「もちろん私よ。そして、残りのメンバーは夏侯惇と夏侯淵に典韋。それから、貴方に縁のある者達が数人。まぁ、後はその時の状況次第で決めようと思っているわ。どうかしら? このメンバーなら十分に力を発揮出来ると思うのだけれど」
「えっと、凄く有難いお話なんですが、そのお誘いを受けることは出来ないと思います。私は皆さんのように強いわけじゃないし、足を引っ張るだけだと思いますから」
「何を言っているのよ? 劉備、貴方だって弱くはないはずよ? 少なくとも、私よりはずっとね」
「そんなことないですよ。私なんて曹操さんに比べれば全然――」
「劉備殿、私からもお願いします。一緒に行きませんか?」
「典韋さん……、えぇ、喜んで参加させていただきます」
「ははは、どうやら話はまとまったみたいね。これで決まりということでいいのかしら?」
「えぇ、問題ありません。皆も構わないわね?」
「はい、分かりました」
「了解だ」
「はい、構いませんぜ」
こうして、曹操軍対袁紹軍の戦いが始まるまでの僅かな時間を使って、私達はそれぞれ準備を行うことになった。
まず、軍師である郭嘉さんが立てた作戦についての確認を行った後、それぞれの配置場所について指示を受け、次に曹操さん自らが出陣していった。
その後、残された私達は手分けをして準備を進めることになったんだけど、特にすることがなかった私は関羽さんの手伝いを申し出た。
でも、私のような弱い人間が戦場に出る必要が無いという事に加えて、関羽さんからは『何もしなくて良い』と言われてしまった。
それでも何か仕事をしたいと言う私に対して、関羽さんは何故か急に怒り出してしまった。
どうして怒られたのかさっぱり分からなかった私は、結局、曹操さんの指示通り大人しくしていることにした。だけど、しばらく経つと今度は張飛さんがやって来て、何か用事がないか尋ねてきた。
そこで張飛さんにも同じように仕事がないことを告げたところ、私の目の前までやって来るなり、思いっきり頭を叩かれた。
何故、突然殴られたのか分からないでいると、関羽さんと同じように、張飛さんもまた私のことを叱ってきた。
意味が全く理解出来なかった私は、二人に説明を求めた。
二人は、私がどうしてこうなったかを説明してくれたものの、やはり理由がよく分からなかったので、正直なところ困ってしまったというのが本音だったりする。
ただ、これ以上何か言って二人の機嫌を損ねるのはまずいと判断した私は、取り敢えずその場から離れようとした。
すると何故か張飛さんが私の服の袖を掴み、そのまま引き止めてきたため、私は仕方なく留まる事にした。
それから、二人が満足するまで質問攻めにあった結果、私はようやく今回の件に関する全ての事情を把握することが出来た。
どうやら曹操さんは私が心配で同行を許可していたらしい。……あぁ、やっぱり曹操さんの人選ミスだったんだ。きっと、あの時の私には冷静な判断が出来ていなかっただけなんだろう。でも、だからと言って、こんなのは酷いんじゃないかな。
それにしても、曹操軍は一体何を考えているのだろうか? わざわざ敵の本拠地に乗り込むような危険な真似をさせるだなんて……。いや、今はそんなことを考えている場合じゃないか。それより問題はどうやってここから逃げ出すかを考えないと。
そんな事を思っている間に、気付けばもうすっかり夜になってしまった。今頃、曹操さんは董卓軍と戦っているのかな? それともまだ戦っていないのかな? どちらにしても、私には関係のないことだよね。……曹操さん達と一緒に行けば良かったのかもしれないけど、これは曹操さんからの試練だと思って我慢しよう。
今、私が考えるべきことは、ここでいかに生き残ることが出来るかという一点のみ。それだけを考えるようにすれば、自ずと答えは見えてくるはずだ。
その為に必要な事は二つ。
一つは武器を隠し持っておくこと。これが何よりも大切で、これを失えば後は逃げるしか方法は無くなる。ただ、幸いなことに今の私にはこれがある。だから、もし万が一の場合であっても命の危険に晒されることは無いと思う。
もう一つの方法は曹操さん達が勝つのを信じて待つこと。……とはいっても、この選択を取るのは厳しい気がする。下手をした瞬間に殺されてしまう可能性がある以上、迂闊に動くことが出来ない。
だとしたら、答えは必然的に決まったようなもの。……ここはこのまま朝が来るのを待つことにしましょう。……うん、それが一番安全だと思う。…………うぅん、待ってても眠れそうにない。
どうしたものかな。……そうだ! 折角だから月を見よう! 少しくらいなら外に出ても良いよね。よし、そうと決まれば早速行動開始ですっ!! 私は部屋を出てから階段を降りて宿の入り口へと向かった。そして扉を開けると、その先に広がっていた光景に思わず息を飲む。
まるで満天の星空のように辺り一面が輝いていた。とても幻想的で、いつまでも見ていたくなる景色に言葉を失ってしまう。……本当に綺麗だなぁ。でも、こういう時に限って邪魔者が現れたりするんだよねぇ。ほら、来たよ。
私はすぐに気配を感じ取って警戒を始める。そして視線の先から現れた人物を見てホッとした。
「あれ? 劉備じゃない。貴方も星見に来たの?」
声の主は徐栄将軍であった。相変わらず私と違って堂々としていて羨ましいなぁ。
「えぇ、そうなんです。……実は緊張して寝れなくて」
「ふーん、劉備でもそういうことあるんだ。なんか意外ね」
「私だって普通の人間ですよ。失敗はしますし、怖いものは怖かったりします」
「へぇ~」
……何ですか、この信じられないものを見る目は。……はぁ、なんだか凄くバカにされている気分だな。
「ところで、徐栄さんはどうされたんですか?」
「どうもこうも、あたしは見張り役みたいなものだよ」
「えぇ!? 大丈夫なんですか?」
「平気だって。どうせ袁紹軍の連中が攻めて来たりすることも無いだろうしさ」
いや、確かにそうかもしれないけれど、でもそれはあまりにも楽観的過ぎるような……。……仕方ない。こうなったら一緒に見張りをするしかないか。……はぁ、私には向かない仕事だなぁ。
こうして私はしばらく一人で夜風に吹かれながら、ゆっくりと流れていく雲を眺める。やがて時間が経過していき、そろそろ眠ろうかと思っていた矢先、遠くの方で大きな爆発音が聞こえてきた。……袁紹軍、遂に動いたみたいですね。曹操軍が上手く戦ってくれることを祈りつつ、私は再び布団へと戻る。
目を閉じてからしばらく経つと、突然誰かが部屋の戸を叩く音によって目が覚めた。
最初は関羽さんか張飛さんが起こしに来てくれたのかと思ったんだけど、二人はまだ眠っているらしく、戸の向こう側からは物音ひとつしない。じゃあ、一体誰が私を訪ねてきたんだろうと不思議に思いながらも、仕方なく私は寝台から出て恐る恐る戸を開く。すると、そこには意外な人物が立っていた。
─side 華雄 まさか曹操軍に捕らわれていた者が曹操軍の陣にいるとは思わなかった。いや、そんなはずはない。恐らく、あの女はこの混乱に乗じて脱出したに違いない。だとすると、早く見つけ出して捕らえなければならない。さもなくば、曹操の思惑通りになってしまう。……まったく、董卓四天王と呼ばれるほどの武勇を誇る私にとって、この様な失態は許されないというのに。……だが、どうすれば良いのだ。董卓軍を抜け、曹操軍と合流を果たしたとはいえ、私は所詮一武将に過ぎない。
曹操には借りもある。董卓様の仇を討つための協力が得られるのであれば、喜んで手を貸すつもりだ。……それにしても、あの曹操という男は何者なのだ? 曹操からは並々ならぬ覇気を感じるのは確かだ。ただ、私にはどうしても理解出来ないことが一つだけあった。
曹操は何故、こんな危険なことを率先して行っている? いくら天下を取る為とは言えど、こんな博打に出るような真似をするのは普通ではない。まるで自ら死に向かっているかのようだ。
私が考え事をしている間に董卓軍は董卓殿を救出するための準備を整え終わったらしい。そして今、曹操軍は董卓救出の為に出陣していった。私もまたそれに付いて行くように命令される。……全く、私の手柄にするつもりの癖に偉そうなものだ。まぁ、いい。曹操との約束は果たした。今度は曹操の力になる番だ。
それにしても気にかかるのは劉備と名乗る女のことだ。……おそらくは偽名の可能性が高い。でなければ、こんなに長い間潜伏できる訳がない。何しろ私ですら簡単に発見出来たほどだからな。……それに加えて、劉備という名前は聞いたことがある。いや、名前ではなく噂と言った方が正しいのかもしれない。なんでも劉備が治める領地は豊かで作物が育ちやすく、しかも土地に栄養が多く含まれているという話だ。それ故に多くの民が集まり、また税を納めずに逃げようとする農民すらいないことから、この世で最も豊かな土地とも言われている。……もしもそれが真実ならば、劉備は間違いなく大人物であると言えるだろうな。もし劉備の話が本当だとすれば、劉備を捕まえれば曹操が欲しがっているものを差し出せることになるのだが……。果たしてそのような人物を捕らえることが出来るのだろうか。……今は信じるしかあるまい。……んっ!? この気配……やはり間違いない。……やっと見つけたぞ、劉備!! 私は劉備を見つけ出そうと辺りを見回すが、どこにもその姿を見つけることが出来なかった。……いったい何処へ消えたと言うのだ。
─side 呂布 袁紹が全軍を挙げて長安に攻め込むために出陣してからというもの、城の中は非常に慌ただしくなっていた。そして俺はそんな中、相変わらず李儒にこき使われていた。まぁ、別に文句は無いんだがな。むしろ好きな時に休める分、他の奴らよりは遥かにマシだ。しかし、それも今日までのこと。ようやく袁紹は出兵するらしく、俺も明日には洛陽へ向かう予定になっている。正直なところ、このままここで仕事をしていた方が有意義に過ごせる気がしないでもないが、そうも言ってられない状況になったってことなんだろうな。
まあ、今の俺にはあまり関係ない気もするけどな。とにかく無事に袁紹が帰ってくるまで大人しく待つとしよう。……なんて思ってたんだが、その予想はものの見事に裏切られることになった。何やら城門の方が騒がしい。一体何があったのかと様子を見に行くと、そこでは張遼率いる袁術軍が大軍を率いて攻め込んで来ている最中だった。
─side 張遼 城内は瞬く間に戦場と化していく。袁紹軍の兵たちも抵抗を試みてはいたが、それでも圧倒的な数の差を埋めることは出来ず、次々と倒れていった。……これは少し不味いな。こうなると袁紹が無事に戻るか分からない。いや、それだけじゃない。仮に戻れたとしても袁紹がどう出るかによって対応が変わる。下手をすれば、再び戦争が起きる可能性も否定できない。……どうしたもんかな。
「おいおい」
俺、呂布は空いた口が塞がらない。何せ突然目の前に大勢の兵士が現れたと思ったら、それを引き連れるようにやって来た張飛の姿があるんだから。これじゃあ、まるで自分が悪人みたいじゃないか。……どう考えてもおかしいだろ。俺の知る限りでは、こういう時は袁紹軍か曹操軍が攻めてくるんじゃないのかよ。
いやまぁ、実際問題として袁紹軍に攻撃されている訳なんだが、まさかそれを味方であるはずの張飛に助けてもらおうっていうのか? いくら何でも虫が良い話過ぎるだろ。
そう思いながらも、ひとまず俺はその場に立ち止まっていた。何故かと言えば、俺の後ろには呂布軍が集まっていたからだ。そしてその中には陳宮もいた。……はぁ、結局こうなるのか。そんなことを考えながら待っていると、やがて徐栄が率いる援軍と、それと戦っている敵兵が姿を現した。当然、その中に張飛の姿が見える。……えぇい! もう知らん!! 勝手にしてくれ。
そんな投げやりな気持ちで見ている中、呂布軍の士気はかなり上がっていく。それはまさに鬼神の如く戦う武将、徐栄のせいだった。──徐栄は強い。おそらくは俺が戦った中では最強クラスの武を持っているはずだ。そんな男が暴れ回る様を見れば誰だってやる気が出る。
それに何と言っても目を引くのは馬上にいる少女、趙雲の存在だ。……こいつはとんでもねぇ。確かに噂には聞いていたが、実際に目にすると改めて凄さが分かる。まだ幼さを残す外見とは裏腹に、恐るべき剣技を持っていた。それにしても、これだけの武将たちが揃うというのは奇跡に近いな。しかも全員がまだ二十歳にも満たないという若さでだ。普通なら夢物語で終わるはずだった。
それが現実となっている以上、もはや運命という他ないだろう。だからこそ董卓は危険視されたわけだ。
曹操は董卓を亡き者にした後、自らが皇帝となるつもりでいるらしい。だが、それで天下を取れるとは到底思えない。恐らく曹操には曹操なりの考えがあってのことだろう。……さすがに俺如きでは、その全てを理解することは不可能だが、この国にはあまりにも大きな問題点が多すぎる。
この乱世を治めるには、今はまだ早過ぎたということなのかもしれないな。まぁ、今となっては何が正しい答えなのか誰にも分からなくなっているんだけどな……。
ただ言えるのは董卓という悪が消え去ったことにより生まれた歪みは更に大きくなっていく一方だということだろう。董卓がいた時ですら多くの犠牲を出したのだ。ならばいない場合はより多く必要になるのは言うまでもない。
まぁ、董卓や賈駆といった董卓四天王と呼ばれた面々でさえ完全には治め切れなかったのだ。だからといって曹操や劉備のような英雄に任せるのは荷が重過ぎやしないだろうか。
いや、それ以前に本当に正しい選択なのかどうかさえ疑問に思えるのだが……。だが曹操達が動き出したことで事態は一気に加速していく。曹操軍は長安に向けて進軍を開始し、また徐州では陶謙を討ち取った劉備軍が兵を集め始めている。……おそらく劉備は曹操と結託していると考えて間違いない。となると曹操の動き次第で劉備が動くことになるのだが……。……いかんいかん。曹操の事を考えていても仕方がないな。それよりも今は目の先の事に集中すべきだ。この場を切り抜けないことには考えることも出来ないからな。俺は槍を構え、そして張飛の方へ向き直る。すると張飛が何かを訴えかけてくるような視線を送ってきたのだが……。まぁいいか。俺には関係のないことだしな。とりあえず手柄を立てれば良いだけの話だ。俺は気を取り直し、そのまま突撃を開始した。そして戦場を駆け抜けた後、張飛が敵の総大将の首を打ち取るのだった。……ってことは張飛一人で勝ったみたいなもんかよ。なんかズルくないか? こうして袁術軍の襲来は撃退出来たものの、その代償はあまりに大きかった。この戦は後に長平の戦いと呼ばれ、歴史上において非常に大きな意味を持つことになった。そして呂布奉先の名は世に広まる事になる。
呂布が洛陽へ出立してからしばらく、袁紹と張繍の争いは激しさを増していた。しかし張遼はこの時既に焦りを感じ始めていた。と言うのも、このままいけば袁紹軍が敗れるのではないかと考えていたからである。その為、呂布が出立した時には袁紹軍から離反するべきか悩んでいたほどだった。ところがいざ戦いが始まってみると戦況は袁紹軍が圧倒的に不利になっていたのである。
その原因は袁紹軍が抱える不安要素にあると言える。まず曹操からの救援要請に答えたのは袁紹軍だけであり、他の軍には見捨てられている形になっていること。加えて呂布軍の動向が全く分からないということである。もし呂布軍が動かなかったとしても、いずれはどこかの軍に攻められることになる。そしてそうなった場合、袁紹軍に勝ち目は万が一も無いと言っても過言ではないほどに追い詰められていると言えた。
それだけでは無く、袁紹軍にとって最悪の知らせが舞い込んでくる。呂布軍の出陣である。
「お、お待ち下さい! 呂布は呂布軍を従えております。おそらくは呂布軍とてこちらの味方になるとは思えません」
使者がそう進言してくるが、袁紹は耳を貸そうとはしなかった。そもそもそんなものは呂布ではなく張勲の讒言だという可能性もある。呂布自身はそこまでの人物では無いというのが大半の認識なのだ。
そんな男の為に命を張る必要などあるはずもなかった。ただ張繍がそれを許さないだけである。それに何よりも曹操の件がある。曹操の援軍が見込めなくなった今、いかにして曹操との戦を有利に立ち回れるのかを考えなければならない。
そこで重要な鍵を握る存在となるのが陳宮であった。元々呂布と共に行動していただけあって、董卓軍の軍師としてはかなりの手腕を持つ存在である。しかも張温亡き後の董卓軍の中枢を担ってきた人物でもある。
そんな彼女を失った事が袁紹にとっては致命的だった。曹操は曹操で自分の勢力を広げるために色々と動いているため、なかなか袁紹への協力もままならない。
それに曹操には曹操で抱え込んでいる武将がいる事を考えると、尚更兵力を割きにくい状況ではあった。
ただその点に関して言えば曹操にも考えがあり、呂布を警戒させる為でもあったのだ。曹操自身も呂布と戦うという選択肢は取らないつもりだった。
何しろ、いくら精鋭とはいえ五千の兵しか持たない曹操が二十倍もの兵を持っている董卓軍を打ち負かすことは容易でない。
むしろ返り討ちにあう危険性の方が強かったのだ。また下手に手を出して徐州にまで攻め込まれでもしたら、それこそ手に負えない状態になるだろう。
そういう事情もあり、呂布は徐州侵攻時に曹操が兵を出せないというのを知った時は内心安堵したものである。さすがの呂布も徐州を荒らした罪人が天下を取れるとは思ってはいない。だからと言ってここで手をこまねいているつもりはなかった。
今の自分に残された手段は、徐州にいるであろう張角を探すという、たった一つの希望だけだった。
張遼は董卓討伐のために派遣された将であったが、実際には董卓を討とうとはしていなかったのである。
これは董卓を討つべきだと主張した張済、董白、李儒の三者が結託した結果とも言えるのだが、実際に兵を率いていた張遼もその意見に賛同していた。
しかし張遼自身が言ったように張飛が反旗を翻せばどうなるかは目に見えている以上、この作戦は無謀であり成功する確率が低い事は誰もが理解しているはずだった。
にもかかわらず、今に至るまでこの策を実行しようとしているのは何故か。
理由は二つあり、一つには他に名案が無かったということもある。
張飛という人物は良くも悪くも多くの人に知られている人物であるが、その人となりは誰も知らない。
特に呂布奉先との関係は、董卓四天王と言われる中でも極めて不明瞭な部分が多いのだ。
その為、もしかすると呂布と何らかの繋がりがあるのではないかという噂もあったのだが……。それが真実であれば、これほどまでに分かりやすい脅威もないだろう。だがそれでもこの策は実行された。それほどに時間がなかったのだ。呂布が戻ってくる前に決着をつけなければいけなかった。
もう一つの理由として挙げられるのが、この機会を逃したら二度と好機が訪れないかもしれないという思いからだろう。
曹操の動きを見て、袁紹軍は焦っていた。袁紹は今まで呂布が動きを見せなかった事を不審に思っていたが、まさか張飛と組んでいるのではないかと疑い始めていた。もしそうであるなら、曹操以上に危険視しなければならない。張飛が呂布の元を去れば袁紹軍に取っての脅威が半減する事になるが、呂布が張飛の元にいれば戦力としては非常に強力になる。
曹操に対抗出来るほどの力が、袁紹には必要だった。
その力は曹操との戦いだけではなく、今後起こるであろう乱世で生き残る為にも必要となる力である。
だからこそ焦りを感じていた袁紹だったが、それも呂布と劉備による長安襲撃によって一気に解消されることになる。呂布と劉備の動きは予想外ではあったが良い流れになっていた。これで当面の危機を脱することが出来ると考えたからだ。もちろん袁紹はまだこの時点では油断出来ないと思っていたものの、曹操の動向さえ気をつけておけば問題は無いと考えていた。その判断はある意味正しくもあったが、袁紹は見落としている事もあった。
もし張温の死で動きを止めていなければ、あるいはもっと上手く立ち回れていれば張飛を手中に収める事も可能だったのかも知れない。だがそれはもう遅いと言えるほど状況は悪化していた。そして袁紹の予測は外れる事になる。
張遼率いる援軍部隊が到着するより早く、張飛は呂布と決別した。そしてそのまま曹操軍に攻め込む。
張飛は曹操軍に向かって一直線に突撃したが、当然のように張繍軍により阻まれることになった。
そこで起こったのは戦いではなく一方的な虐殺だった。圧倒的な強さを見せたのは関羽の息子、関平だったのだが、その関羽の息子であるにも関わらずあまり目立った活躍が出来なかった事が本人にとって不満だったらしく、かなり苛立っていたと言う。
しかも敵の中には張飛を慕う侠客が多数含まれており、それらの者達までも張飛に呼応して一斉に曹操軍を攻め立てようとした為、戦どころではなくなってしまった。
曹操軍の諸将や兵達はその光景を目の当たりにした時には恐れ慄いたが、すぐにそれを諌めにかかる。曹操もさすがに大軍を率いてきていただけあって、即座に戦闘を中止し全軍撤退の指示を出したのであった。
「……まぁそんな感じだ」
呂布は自らが率いてきた精鋭部隊に指示を出すと、陳宮達と共に劉備の元へ急ぐ事になった。
張飛には会えていないどころか会う事すら出来ていなかったが、劉備とは直接話をする必要があると感じていた。
しかし呂布は今の状況を考える。
このまま張飛と合流し、徐州攻めを行うというのはあまりに無謀すぎる。せめて張遼が戻ってきてくれないと話にならないのだが、いくらなんでも速過ぎる気がしないでもない。
いやまあ、普通ならあり得ない速さでやって来た事は間違いないので、その辺りを考えるのはおかしいのだけど。
そう思いながら、まずは合流地点へと向かうことにした。
合流する場所は決まっているので迷うことも無い。張遼の事を考えると一刻も早く会いたいのだが、だからと言って無理をして怪我をするわけにもいかない。
何よりも、呂布自身がこの決戦に間に合わせる為に相当に飛ばして来たのである。身体の方はかなりガタがきていたが、それでも動かなければならない状況であるのだから仕方がない。
それに何よりも心配なのは兵達の方である。
これだけの大軍を動かし、かつ曹操軍を相手にしてきたというだけでも厳しい状況なのだが、さらにこれから先の戦いではもっとも苦しい状況が待っている。
兵を率いる将がどれほど優れているとしても、兵卒一人一人の士気を上げる事が出来るかどうかは、その兵の能力だけでなく統率者の能力次第である。
それが出来なくて勝てるはずもないのだが、それが難しい状況であることは確かであり、兵卒を纏められる人物など、今の呂布の陣営では張遼しかいない。
あの高順でさえ苦労しているところを見ると、やはりこの徐州で張遼を連れて行くべきではなかったか、と思う。
だが、後悔したところで現状は変わらない。
呂布が徐州に来た時点で、張遼はここで戦うつもりでいたのだ。
張遼は徐州の城が見える丘に立ち、呂布からの伝令がやって来るのを待っていた。
本来であれば呂布自身が来ても良いくらいなのだろうが、張遼が来てくれと頼んだのだ。
それは呂布自身に徐州を守る様に頼みたかったからではない。自分が守らなければいけないものを守りに行くためである。
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