第3話 怒りの大地

 旧中央アジア、旧中東からなる産油国は、憤怒に満ち満ちていた。


 大戦時、この地が含有する豊富なエネルギー源を求め、各国が無秩序にパイを分けた。

 もちろん自国を守るため、OPECオペック軍もゲリラ戦術を駆使し、必死のパッチで土地を守ったのだが。

 乱心した大国の放つ、たった数発の爆弾が、彼らの息の根を止めた。


 核爆発をとし、生物のみを対象としたを撒き散らす。


 風に乗り、水源に染み込み、草木を枯らす猛毒。


 範囲は広く甚大で、神経毒は瞬く間に無辜むこの細胞を破壊した。徹底的に。致命的なまでに。


 悲劇はここからだ。


 命を滅し、死の踊り場となった油田を、しかし大国は刈りとることすらしなかった。


 毒物散布から程なくして、の開発が叶ってしまったからだ。


 戦前に発明されていた特殊な水素の同位体を用いる、超小型核融合炉。

 開発されたコレをエーテル、別名『手のひらサイズの太陽』と呼ぶ。


 今日こんにちの戦後世界すら支えるエーテルなれば。非効率的な化石燃料に頼らずとも、軍部の動力を全てまかなえてしまえた。


 有害物質を排出しない、地球に優しい殺戮兵器のお誕生。


 よって産油国は無用の長物と化し退廃。

 あとに残されたのは不毛の大地と、弔いなき死体だけだ。


 毒を撒く決定を下した咎人は、『平和』の求めに便乗し、保育園をいくつか建てた。のちにメディアでは人権派と報道されていた。

 新時代、見せしめは必要にならなかったのだ。


 被害者はどう思う。

 そもそもの話、罪を問うがどこにいる?


 私たちは自覚しなければいけない。

 今の平和は、死体の上で成り立っているのだと言う揺るがなき現実を。


 燃えていた。

 目の前に広がる荒野は燃えていた。


 トルクメニスタン、地獄の門よろしく。

 使われることのなかった油田は、いつかの戦火をいまだ絶やすことなく、ぼうぼう。


 たちのぼる赤は絶叫する。怒りのままに。


 ぼうぼう、ぼうぼう。

 

 日本の漢字において、これは『火』と書くらしい。

 覗いてみれば、ほら、中に『人』。


 人とは何か。

 村を焼き、森を焼き、国を焼き。そして最後に人を焼く。

 それが人という獣の正体だ。


『火』はいつも、『人』のそばにある。

『炎』には、『人』の肉がくべられている。


 眼前の地獄はそらんじる。


『火』はいつも、お前をみているぞ。

『灰』はいつも、お前を待っているぞ。


 次はどこへ行こう。


 どこまでも。

 国境線が続く限り、死体の上を。

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