第2話 哀しきウィドウ

 多様性はたぶん、一度死んだんだと思う。

 銃口は誰に対しても平等だし、弾丸は個性を顧みてくれないもの。


『喪国』と呼ぶ人ももう少なくなったが、ヌーナに属するウィドウは、今も哀しみに暮れていた。

 

 行き交う人たちは全員『女性』。そのすべてが『喪服』である。

 子供も大人も老人も、黒のヴェールで表情を隠し。同色の衣に身を沈めている。


 戦後社会においてウィドウはあまりにも有名。なので私と同じく見物客がチラホラと。みな女性達の異様な空気感に圧倒されていた。


 静謐を歩む彼女らは例外なく『未亡人』。

 むべなるかな、戦場に立つは基本男で。多くの兵士は、兵士のまま死んでいく。


 平和万歳。

 残された者のどれだけが、手のひら返す世界情勢を許せただろう。

 

『私たちは片時も戦争を忘れていない』、喪に服すことで、言外に社会へ示しているのだ。

 

 私は女だが、戦後の生まれである小娘に、彼女たちの気持ちを慮れるはずもなく。

 沈鬱な雰囲気は天まで届いたか、「うわ、雨」空まで啜り泣き始めた。


 これといった教訓を得られないまま気を落とし。

 毒気を抜くため喫茶へ入る。


 閑古鳥が鳴いていたが、一人テーブル席に座るのは気が引けたので、カウンター席へ。


 マスターも当然喪服、流石に黒く濁ったコーヒーを頼む気分にはなれなかった。

 ホットミルクを一杯。


「観光客かい?」

「というより知見のために」


 艶のある声音にドキドキした。ヴェールの奥には、ひょっとしたら美人さんが隠れているのかも。


「確かにね、見せられるもんなんて何もないから」

「でも、とても有名ですよね。どういった経緯でウィドウはうまれたのですか?」


 従業員が気を利かせたのか、マタイ受難曲からソニー・ロリンズへ、レコードを入れ替えてくれた。


「連れ合いを亡くた孤独者が、寂しさを紛らわすために寄り集まっただけさ。そしたらなにがしかの習慣に感化され、今ではみんなこのファッションスタイル」


 マスターは軽薄な返事をした、あえてだろう。空気を重くさせないためだ。


「報道ではよく、身を投じた社会に対する風刺だと」

「初まりはそうだったかもしれない。戦争は女の顔をしていないからね。もちろん今でも習慣には意味があると信じている。ただ、そう斜に構える必要もないのかもしれない」


 さしだされたホットミルクをいただく。

 思わず破顔するほどあたたかくて、優しくて……。


「というと?」

「わかるだろ? 女は意外と強いんだ。強くて、したたかなんだ。未亡人の街が有名になれば、それだけ世の男の耳にも届くってもんさ」


「あー、なるほど」

 大いに納得した。


 みさおを立てるばかりが美談ではない。

 

 彼女たちは今をしゃんと生き。ヴェールに覆われたまなじりは、未来をしかと見据えている。


 過去を忘れないのは大切だが、囚われていいわけないもんね。


「それに、喪服着るぐらい重い女だぜ。半端な軟派者は寄ってこんのさ。ウィドウへ春を求めてくる男は、いつだって優しくて、恋に本気なんだよ」


 やっぱり小童な私は、マスターの色気に当てられ、ドキドキしたのでした。

 

「まぁアタシは、『男の町』が目当てではす向いのウィドウに流れてきた身だがね〜。ゾッコンなのさ」

「あ、私、次はそこへ向かおうと思っていました」


 マスターといくつかの言葉を交わし、会計を済まして外へ出る。

 不思議なことに、先よりもミルク一杯分、街が明るく見えたのだからおもしろい。

「空も晴れたしね〜」



 その後ウィドウの向かいにある、パンゲアは『男の町』へお散歩。


 森を抜けると、確かにそこは男の町だった。

 戦争で死んだ男たちの、『墓石』の町だった。


 女は強く強かで。あと、底なしに優しい。


 彼女たちは確かに悲しんでいたけれど。

 その悲しみすら、ギュッと抱きしめ、愛している。


 国境線は長い。私はまだ、たくさんを知れる。


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