第8話 実子のことより、世間の目

 うちの両親は狂っていると言ったが、本当は陽菜や俺も狂っているに違いない。暴力を振るわれても謝ればすぐに許してしまう陽菜。それをおかしいと思いながらもどうすることも出来ない自分。そう、結局は義母によってこの家族は振り回されている。それはまるで小さな子供が玩具で遊ぶかのように。


 数日後、俺はまた家に寄りつかなくなった。たまに陽菜から、今日はお母さんが機嫌が良いから帰ってきて欲しいと連絡を貰うが帰らなかった。外で父親に会い金を貰う。


 「仁、お前は夜中に街でうろついて何をしたいんだ。お前の将来をどう考えているのかちゃんと父さんに教えなさい」


 金を受け取りに喫茶店で父親と会っていると突然そんな事を聞かれた。


 「別に何も考えてねえよ。てめえは、息子のことに関心ないはずだろ」


 「そうだな。正直、お前のことはどうでも良いと思っている。だけど、父さんも世間の目が気になるんだよ」


 息子の将来より、世間の目。自分の家族のことより世間が気になる。それが父親の本音だ。


 「てめえの言う通り、高校行ってやってるんだからそれで良いだろうが。ほっとけよ」


 「ああ、そうだな」


 父親はそう言うと何も言ってこなかった。


 陽菜が暴力を受けているところを見る事や義母の狂っているところを見る事さえももう嫌だ。


 そしてそんな憂さ晴らしから夜な夜な街に出歩く柄の悪い男に喧嘩を売り勝っても財布を取ることもない。そんな意味のない喧嘩を繰り返した。制服のまま喧嘩したことも何度かあった為か高校では声をかけたら殴られて財布を取られるという訳のわからない噂が立ち始めた。


 「どうしたんだよ、仁。最近荒れてんな」


 「別にどうもしねえよ。ほっとけ」


 教室に居るのがかったるくて屋上で煙草をふかしていると巧が声をかけてきた。


 「喧嘩すんのも良いけど、ほどほどにしとけよ」


 「うっせえ。くそ親父みたいな事言ってんじゃねえよ」


 巧を睨むと巧は俺の眉間に人差し指を差してくる。


 「眉間にしわ寄ってんぞ。そんなんじゃ、取れなくなったりして」


 「やめろよ、うぜえ。どうでも良いだろ、そんな事」


 巧は軽く笑うと確かにどうでも良いわなと言った。


 「陽菜ちゃんとは会ってるん?」


 「陽菜の話はすんじゃねえよ。うぜえ」


 俺の言葉に巧はやっぱり陽菜ちゃんのことで荒れてたのかと言った。


 「そんなんじゃねえし」


 「いんや、そうだろうよ。仁がここまで荒れる原因っていつも陽菜ちゃん絡みじゃん」


 巧に言われて確かにそうかもしれないと思った。俺がこうなったのも陽菜が関係している。


 「うっせえ黙れ」


 だけどそれを認めてしまうのも何だか情けない気がしてそう言った。


 「ま、いいや。仁は進路はどうすんの」


 今聞くことかとも思ったが、巧なりに話をそらそうとして出てきた言葉だろう。


 「フリーター」


 「フリーターか。けど仁の親父さんって政治家なんだろ。それを許してくれんのかね」


 確かに愚痴の一つも言われそうだな。


 「関係ねえよ、そんなの。くそ親父が政治家だろうが何だろうが俺には関係ねえ。だいたい、今、ちょっとした騒ぎを起こしているってのに今更だろ。ああ、思い出しただけでも腹立ってきた。もういっそのこと、あんな家族ぶっ壊して俺も死んでやろうかな。あんな狂ってる家族一つぐらいなくなっても誰も悲しまねえし」


 「おいおいやめとけよ。本当に殺るんじゃねえぞ。俺は仁が犯罪者になったとしても友達で居るつもりだけど、死んだら悲しいわ。それに、ぶっ壊すと言っても陽菜ちゃんまで殺れんのかよ」


 陽菜までは無理かもしれない。今、こんな事を言っていてもきっと現実になったら出来ずに終わるだろう。


 「というかさ、ぶっ壊すぐらいなら、いっそのこと陽菜ちゃん連れて逃げちゃえば良いじゃん」


 逃げる?


 何処へ?


 今、金銭面で困ってないのは父親のお陰で、陽菜が学校に行けているのも父親が家に金を入れているからだ。そんな生活を捨てさせてまで俺と逃げるぞなんて無責任なことを言える訳がない。


 「出来る訳ねえだろ」


 「そっか。現実的じゃないか。それならせめて陽菜ちゃんに楽しいことしてあげれば?」


 陽菜が楽しいと思うこと。それも金がいる。


 「仁がバイト初めて陽菜ちゃんに何か贈ってみるとか。きっと、喜ぶと思うぞ」


 ここ数年、陽菜が心から笑顔になるところを見ていない。微笑んではくれるが無理をしている感じで、本当に嬉しいとか楽しいとかそう言った感情で笑っているという感じではない。


 「仁、聞いてんのか」


 陽菜のことを思い出していて巧は俺の顔を覗き込んできた。


 「ああ、悪い。そうだな、それぐらいなら良いかもな」


 巧の考えに賛成して鼻で笑った。そんな時、携帯の着信音が鳴り画面を確認すると晴の名前が表示されていた。


ー続くー

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