第7話 美化された思い出
「勝手に入ってくるんじゃねえよ」
「ごめんなさい。扉、叩いたんだけど、返事がなかったから」
ヘットフォンを外しベッドに腰掛ける。陽菜は隣に腰掛けた。
「何か話があるから来たんだろ。何だよ、聞いてやるから話してみろよ」
「えっと、うん、あのね、お兄ちゃん。陽菜ね、毎日お兄ちゃんに会いたいなって」
毎日家に帰ってこいと言う事か。出来ないな。したくない。毎日家に帰って狂っている義母に会っていたらこっちまでおかしくしくなる。本当に刺し殺してやりたくなる。
「出来ねえな」
「どうして?」
陽菜が悲しそうな表情になる。
「毎日あのくそ婆と顔をつきあわせるなんてごめんだ」
「そうだよね。ごめんなさい、我が儘言って。もう言わないから忘れて」
陽菜は顔をそらし俯いた。そんな陽菜を何故だか見ていられなくなり、頭を撫でていた。
「お兄ちゃん?」
陽菜に呼ばれて我に返り手を下に置いた。
「くそ、調子狂う。何なんだよ、てめえは。感情を搔き乱しやがって。ほんと、むかつく。てめえなんか居なくなりゃ良いのに」
頭を撫でたのはついだ。特に意味はない。慰めたいとかそう言うのではない。
「えっと、お兄ちゃん。覚えてるかな。陽菜がまだ、小学生の頃。お母さんに怒られて二人で追い出された時、お兄ちゃんは陽菜の隣で大丈夫、俺が陽菜を守ってやるって言ってくれたこと。陽菜ね、嬉しかったよ。格好いいお兄ちゃんが出来たって」
格好いいお兄ちゃんか。少なくともそれは陽菜の中で美化された思い出の一つでしかなく、今は格好いいお兄ちゃんどころか義母と陽菜から逃げている情けない兄貴でしかない。
「忘れたな、そんなの。てか、忘れてなかったら、言葉通りに行動してたかもな。それが出来てねえ時点で駄目でくずな奴じゃん。てめえも早く彼氏でも作って守って貰えよ。あ、てめえが仲が良い九条とかはどうなんだよ」
「九条くんとは仲が良いって訳じゃないよ。えっと、正直に言うと怖いもん」
陽菜はまた俯いた。
「陽菜、ここに居るの。そろそろ寝ないと明日起きられなくて遅刻するわよ」
扉が開けられて義母が入ってきた。
「うん、わかった。お兄ちゃん、お休みなさい」
「ああ」
陽菜が義母に連れられて出て行き俺はまたヘットフォンを付けて音楽を流し始める。そのまま眠りについた。
「何でよ、何でなのよっ。何で私は哲也さんに愛されないの。そう、そうよ。陽菜が全て悪いのよ。貴女がいるから私は哲也さんに愛されない。貴女みたいなお荷物消えてしまえば良いのに」
真夜中の二時頃、そんな義母の叫び声で目が覚めた。部屋を飛び出し陽菜の部屋に向かう。陽菜は義母に暴力を振るわれていて吐血していた。父親はそんな陽菜を黙って見て溜息をついている。
「てめえ、何やってんだよ」
「何よ、貴方も邪魔なのよ。哲也さんと結婚して貴方が着いてこなければ良かったのに。消えなさいよ」
義母は理性と冷静さを失っているらしい。
「ああ、消えてやるよ。消えれば良いんだろうが。おい、陽菜、起きろ。行くぞ」
「待ちなさい。陽菜は置いて行きなさい。陽菜は私の子よ」
さっきまで貴女みたいなお荷物消えてしまえば良いと言っていたのにその言葉は何だ。もう、我慢の限界だ。
「いい加減にしろ。消えて欲しいんだろ。俺だっててめえみたいなくそ婆消えて欲しいと思ってるわ。おい、くそ親父。てめえも陽菜が暴力振るわれてるってのに黙ってみてねえで助けろや。てめえも同罪だぞ。それでよくよりよい世界を作りたいだ。まずは自分の娘を助けてこのくそ婆をなんとかする方が先だろうが。自分の家族もどうにも出来てねえくせに冗談ぶっこいてんじゃねえぞ、死ね」
この、よりよい世界を作りたいは父親が選挙に出た時に言っていたことだ。本当に笑わせてくれる。こんな男が政治家になれてしまうこの世の中は狂っていて腐っている。
父親が俺に近寄り、頬を強く叩いた。何故自分が叩かれたのかわからない。
「父さんや母さんにそんな口の利き方をするんじゃない。仁、お前は父さん達をなんだと思っているんだ」
「ふざけんな、何で俺が叱られなくちゃならねえんだよ。意味のわかんねえところで父親面させてんじゃねえぞ。くそが、てめえなんか死ねよ。訳のわかんねえ女と再婚なんかしやがって。陽菜、こんな家、出てくぞ」
意識がもうろうとしている陽菜にそう言うと抱きかかえ出て行こうとする。
「ごめんなさい、陽菜。お母さんが悪かったわ。許してちょうだい」
消えなさいと言う割に本当に消えようとすると義母はいつもそう言った。それに何度も騙されて家を出ることを諦める。
「仁、お母さんも反省しているようだし陽菜ちゃんを下ろしてやりなさい」
「うっせえ」
玄関に向かい外に出ようとした時、陽菜がか細い声でお兄ちゃん、ありがとう。でも、大丈夫だから下ろして良いよと言った。
「くそ、またかよ」
「お兄ちゃん、大好き」
陽菜を下ろすと抱きついてくる。
「くそが」
傷だらけになった顔をこちらに向けて微笑んでいる。
「陽菜、手当てをしてあげるわ。いらっしゃい」
「うん、お母さん」
陽菜が俺から離れて義母の所に行ってしまう。
「おい、くそ親父。あのくそ婆が機嫌良い時ぐらい抱いてやれよ。どうせそれが原因でああなったんだろ。お前が抱いてやれば満足して陽菜が殴られることはないんだからよ」
残された俺は父親にそういうことしか出来ずに自室に戻った。
ー続くー
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