リハルの魔力


「今朝は新鮮な果物が用意できましたよ」


 食卓には焼きたてのパン、ハムと目玉焼き、ニンジンと豆の入ったスープ。


 そして今朝は爽やかに香るオレンジが添えられている。


「お金は足りてる?」


「ご心配なさらずとも。姫様の作る小間物品はわりと売れてますから」


 王宮からの支給品は月に一度、僅かなお金が送られ、新しい衣類などは半年に一度きり、それも粗末なものばかりだ。


 けれどそんなものはどうでもよかった。


 稼ごうと思えば稼げる。


 黄昏森にはキノコや山菜など食べられる食材も豊富だ。


 手先が器用で手芸好きなリハルはその取り柄を活かし、塔で編み物や織物、針仕事の内職をしていた。


 出来上がった品物はロメルが都で売り捌く。

 幾度か変装し、ロメルと一緒に街へ出たこともあるが。人が大勢行き交う場所は苦手なのであまり行くことはない。



「このまえ売り出したレース編みのコースターはよく売れましたよ。刺繍入りのハンカチも評判がいいですし。それから、化粧水は注文が入り始めましたから」


「そう、良かったわ。あれは期待していた通りね」


 美肌の効能がある薬草で作った化粧水は魔女の自信作だ。


「次はシミやそばかすに効く軟膏クリームも作ってみようかしら」


 黄昏森では薬草の種類も数多い。


 薬作り、媚薬作り、魔女の知恵、呪術の基礎などはロメルが教えてくれた。


 けれどメイシィズ家の魔女が受け継ぐ強力な魔力異能は使い魔から教わるのではなく、誰かから指導も受けるものでもなく、自身がその力に慣れ、扱えるようにしなくてはならないのだとロメルは言った。



「化粧水用の薬草も、いつもより数がいるとなれば備蓄してある分だけじゃ足りなくなりそうね。今日は森へ降りて薬草を採りに行くわ」


「では毒草も摘んできてください。毒薬にして城へ持っていきましょう」


 ロメルの脳内では「シェルド毒殺」の妄想が浮かんでいるのだろう。


「シェルドに使うならじわじわと効いてくる毒薬がいいけど、それだと定期的に与え続けないといけないから難しいわね。城に長居するつもりもないし、通うつもりもないし。シェルドの食べるものの中へ毒を仕込むのも大変そうよ」


 相手は国王なのだ。



「とりあえず毒草は邪香花を摘んで、媚薬でも作りましょう。匂いの毒を嗅がせるの。香術を使えるし、毒入りの食べ物を与えるよりは楽だわ。それでしばらく恐ろしい悪夢を見続けて不眠症にでもなればいいわ」



「それだけですか?」


 ロメルは不満そうだ。


「不眠症の次はどんな罰を? またこの塔へ戻り、ここでの暮らしを続けながら復讐するおつもりですか? 姫様はさきほど城へ通うつもりはないと仰いましたね」



「……言ったわ。言ったけど、復讐をしないというわけじゃないわ。今回の登城は復讐を始めるいい機会だと思ってる。……でも相手の企みがわからないうちは慎重にならなければね」



「姫様がその気になれば国の一つや二つ、滅ぼすことなど容易いでしょうに」



「あらひどい。私のこと化け物みたいに言わないで」



 ロメルは黙っていたが、なんだか少し腹立たしい気分になり、リハルはさっさと食事を済ませることにした。


 食後のお茶も今朝は無しだ。



「───ご馳走さま。それじゃ、出かけて来るから」


「行ってらっしゃいませ。森で迷子にならぬよう、お気をつけて」


 嫌みが過ぎたかなと思うロメルに案の定、リハルはムッとロメルを睨んだ。


「ならないわよ迷子になんて。もうあの頃みたいな子供じゃありません」



 リハルが退室し、誰もいなくなった食堂でロメルは小さく息を吐く。


「子供ではないが、まだ大人にもなりきれていないくせに」


 ロメルは呟きながら苦笑し、テーブルの上の食器を片付け始めた。



 ♢♢



「まったく。ロメルったら朝からチクチクと嫌みっぽい使い魔ね」


「イヤミ魔! イヤミ魔! ロメル機嫌悪い?」



 髪の中からポポの声がした。



「そうじゃなくてね。ロメルはマリーナのことがとても好きだったの」



 たぶんそれは娘が母を想う『好き』とは違う感情だったのかもしれない。



「リハル様のお母様?」


「そうよ。大好きだったのよ」


 大好きで大好きで。なのに理不尽な扱いを受けて死んだ。それがきっととても悔しくて。


 だったらなぜ、自由になって自分が復讐しないのだろう。


 ロメルはあまり自分のことを話さない。


 使いロメルには使い魔の事情があるようだ。


 いつか聞けたらいいなとリハルは思っている。




 塔には気の遠くなるほど長い階段を降りなくても、魔法で幾つかの通路が繋げられた扉があり、そこを開けて通れば数分で地上へ降りることができた。


 地上から塔へ上がるときもそれを使う。


 王宮からこの塔に移ってきたときからその扉は存在していた。


 扉は魔力のある者だけが見え、通ることができるようだ。


 凪ノ塔と呼ばれていたこと、大昔に住んでいた魔女が塔の所有者だったという伝説があるとロメルが言っていたが、作り話ではなさそうだ。


 塔内には封印された『開かずの部屋』がいくつかあったが、リハルはその封印を解かないままにしている。


 たいして興味がないことと、封印するにはそれなりの理由があるのだと思うから。


 封じた本人以外が勝手に解いていいとも思えないからだ。



「お天気のせいもあるけど、今日はいつにも増して暗いわね」



 鬱蒼としている森の中を進んで行くと、段々にあちこちから魔物の気配が漂ってくるのを感じる。


 少しずつ少しずつ、それは数を増やし集まってくる。


 リハルの元へ。魔女の後を追いかけるように。


 そしてリハルがピタリと歩みを止めると魔物たちも動きを止める。



「今日はついてこないで。いろいろと忙しいのよ、戻りなさい」


 リハルの命令に魔物たちは従い、禍々しい気配はゆっくりと遠退いていく。



「同じこと何度言えばわかるのかしら」


 リハルは再び歩き出した。


 森へ降りるといつも魔物が集まってしまうのは仕方ない。自分の魔力がそうしてしまうのだから。


 これがリハルの異能だ。


 魔女リハルには魔物を引き寄せる魔力とそれを支配する異能がある。


 祖母と同じ力。メイシィズ家の魔女が代々受け継ぐ異能の中でもかなり強力なものだ。


 黄昏森を歩けば、魔物がリハルへと集まる。


 引き寄せられるように次々と。


 黄昏森だけではない、魔力を加減しなければ、森の外───どこを歩いてもリハルは魔物を引き寄せてしまうのだ。





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