6.吸血魔族の住む街

 俺とマキアン、それにミィアンは。

 砂漠の都市の繁華な街の中で、何かの違和感を感じていた。


「……なんか見られている気がするのよねぇ……」

「おまえもか、マキアン。ミィアン、お前はどうだ?」


 マキアンが腕を組み、頬に指を当て。俺はローブのフードをのけて、周囲を見回す。そしてミィアンにも何かの気配を感じないかと聞いてみるが。


「あぽえ? なにが?」


 うむ、相変わらずのアホっぷりが表情に出ているミィアン。コイツはこのアホ気な表情が妙にかわいい事で、得をしたり危険な目に遭ったりもしてきたんだろうなぁと、俺は思うのであった。


「何かに見られている気がする。マキアンは邪なものに対する感覚が優れている。俺は魔なるものに対する感覚が優れている。ミィアン、多分お前は殺意や闘気に敏感だと思うんだ。オーガの血が入っているからな。その感覚で、何か感じないか?」

「むんうー……。とくに何もない」

「ふむ。ってことは、獣の類の視線じゃないってことか。マキアン、お前の方はどうだ?」

「微量の邪素が停滞しているのよね、この街の空気。まあ、街中に邪悪な人間がいない理想都市なんてものは、このエーテルガルドには在りはしないと思うけれど。それでも、このどこかから照射されている邪視線は……⁈ ザクトール!! あの時計塔に何かいる!!」

「!! どこだっ!!」

「時計塔の文字盤の前に!! いるよ、何かが立ってこっち見てる!!」

「ふんっ!! じろじろ見やがって!! 叩き落として事情を聴いてやる!!」


 俺達がいる、街の通りの150メアトほど先に、建っている時計塔。それほどのサイズではないが、街のシンボルであるらしく堂々としたデザインを誇っている。


「この距離なら、このスペルだ!! サンダーゲイズ!!」


 多少の曇り空の天候でなければ使えない、雷撃魔法をぶっ放す俺。大丈夫、きょうは雲が結構出ていて、不発にはならんはずだ。


『ゴカカカッ!!』


 雷鳴轟き、雷光輝き。そこらの魔物であれば一発で卒倒するだけの出力を備えた雷撃が、時計塔の上に立っている人影に命中する!!


「よっしゃ!! 当たった!! 時計台から落っこちたぞ! とっ捕まえてやる!!」


 俺達は、時計台のふもとの方に三人で突っ走って行った。


   * * *


「……ここに落っこちたっぽいわね」


 時計台の直下。つば付きの赤い帽子が落っこちているだけで、周囲にはもう誰もいないが。帽子には、俺が叩き込んだ雷撃魔法で着いた焦げ跡のようなものがばっちりと出ていた。

 マキアンは、その帽子を拾ってくるくる回して見ている。


「……何かの紋章。どこかの貴門の家紋かな? 刺繍で縫い取ってあるわ」


 何やら帽子に特徴を見つけたらしい。


「でかした、マキアン。この街の人間であったら、その紋章で身元が割れる。警吏の詰め所に行ってみよう。たぶん、何か教えてくれるぜ」

「そうね。ミィアンちゃん、これ被ってて」


 マキアンは、背の低いミィアンの頭に焦げ跡のついた帽子をすぽっとかぶせた。


「……? もぁう。コレ、血の匂いがする」


 帽子をかぶせられたミィアンが、何やら物騒な事を言った。


「血の匂い? その帽子は荒事をする冒険者が被るようなもんじゃないぞ。どう見ても貴族の帽子だ」

「そなの? でも、血の匂いはするよう? プンプンする」

「俺らには匂わないぞ? お前は、ミィアン。血の匂いには敏感そうだが」

「うん。オーガは、血の匂いと息の匂いと汗の匂いで獲物を追いつめるから」

「オーガは、ね。……なんかおっかねえ。ミィアン、頼むから街中では理性保ってくれよ?」

「あいあいよー!!」


 ともあれ、俺達は。紋章付きの帽子を持って、街の警吏の詰め所に訪れた。


   * * *


「……ヴァルナリス様の……。あのお方は、また街中をうろついておられるのか」


 む? 警吏詰所の警吏隊長に、この帽子をかぶっていた奴に街中で凝視をされたというと。

 警吏隊長は憂鬱そうな顔でそう言った。


「隊長さん、これ取っとけよ」


 俺は懐をごそごそやって、銀貨を一枚取り出して。警吏隊長に渡す。


「ああ、有難いね。実はな、旅の魔導師さん。この帽子の紋章の家、ヴァルナリス伯爵家の当主の話なんだが……」

「む? 聞かせてくれ」

「うむ。まあ、何というか。元々は、まともな人間であったお方なんだ」

「? 今はまともな人間じゃないみたいな言い方だな?」

「そこだ。そうなんだよ。ヴァルナリス伯爵家は、この街の領主の家なんだが。昔な。20年ほど前か。この街を、鬼族の大群が襲って来て。それを退けるために、ヴァルナリス様は魔力を持たぬ人間にも魔力を授ける、『魔血の宝珠』を砕いて飲み込んで。膨大な魔力を得て、その魔力を用いた魔法魔導の力で、鬼族を退けてこの街を守り抜いたんだ。いわば、あの方はこの街の英雄だ。……だが」

「だが? 何か困りごとでもあるのかよ?」

「ああ、ある。魔血の取り込みをしてしまって、大きな魔力を振るってしまったヴァルナリス様は。定期的に、人間の血を飲まなければ身体が維持できないようになってしまったんだ」

「あー。あのレアアイテムの『魔血の宝珠』の副作用な。そいつはいてぇな」

「うむ。まあ、ヴァルナリス様は吸血に伴う呪詛を打ち破る、強い意志を備えておられたので。血を吸われた人間が、俗に聞く吸血鬼に襲われたときのように吸血病に感染するような事態もないのだが。ただ、やはり血を必要とはする」

「……何か話が見えてきた。その伯爵さん、血の味にこだわったりしてねぇか?」


 俺がそうカマをかけると、警吏隊長は俺の目をじっと見て、頷いた。


「そうなんだ。活きのいい若い娘や、身体頑健な強い男。そのような者たちの血を好んで飲もうとなさる。皮肉なことに、今は。この街には危機はない。その為に、皆がヴァルナリス様を厭い始めた。街人の中には、既にヴァルナリス様は必要でない。神聖教会の吸血魔族を滅する者たちを呼んで、ヴァルナリス様を滅しよう、などという過激な事を言うものも出てきているんだ」


 うむむ。話聞いてるうちに、多分俺達のなかのミィアンにターゲットを絞って、血を吸う算段をあの時計塔の上で練っていただろう、その。

 街を救うために、血を飲む習性を持たざるを得なくなった、ヴァルナリスという奴にたいして。

 ちょっとこの街の連中による扱い方や、感情の向け方が酷くて。


 俺は、ヴァルナリスという奴が可哀想になってきた。

 だってよ? 鬼族の大軍の襲来なんてもん、まともに喰らったら。街は滅ぼされて、人間は片っ端から喰われちまってたはずなのに。

 そこから救ってくれるがために、自分を犠牲にしたいわば英雄に。

 僅かな血を惜しんで、滅ぼしちまおうってのは、ねえんじゃねえのか?


 そんな風に思ったんだよな。

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その戦士さんオーガハーフですよ? べいちき @yakitoriyaroho

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