5.契約終了……のはずが?
「おいマスター!! なんだこの化け物娘はっ!! 聞いてねぇぞ!」
俺は街に戻るなり、ギルド兼酒場に詰めかけて。例のマスターに詰め寄った!
「いやいや、何をおっしゃる。ザクトールさん。貴方、このパーティ締結の契約書にサインしましたよね?」
「ああ!! それがどうした!!」
「この第5項。読んで下さい」
「ああ? 5項だと? 読んでやるさ音読してやる!! えー、冒険者パーティ締結契約条項第5項! 冒険者は他の冒険者とのパーティを組む場合、全ての場合において自らの責任で以ってそれを結び、その不利益を被ることによって利益を得る資格を得るもので……ある……。クッソ、そうだった!!」
「そう言うわけですよ、ザクトールさん」
「俺としたことが……。冒険者稼業の条項の厳しさを忘れていたな……。まあいい、今回のクエストは達成。それどころか、成果は二倍。二体のマシンギガントの頭を持って帰ったんだ。報酬はたんまりと貰えるだろうな? 酒場のマスターのツラした、このクソギルド長!!」
「わっはっは!! そのルールは違えませんぞ。ただし、このパーティ締結契約書。最後のあなたのサインの上の行を、よくご覧になってください」
「ああ? 何言ってんだよ? 読んでやるよ」
俺は、パーティ締結契約書に目を落とした……。
そして、衝撃的な一文を目にしてしまった。
「え? ……ナニコレ?」
たぶん、その時の俺は。年甲斐も経験甲斐もなく。
泣きそうな顔をしていたに違いない。
「そうです。契約続行期間ですが、『永続』です」
「て、てめぇえええええええ!! 俺をはめやがったな!! こんな爆弾よりヤバい娘!! 俺に押し付けようという、陰謀策略だろこれは!!」
「はい! その通りでございますが何か? 実はこのミィアン。名前は知られ、戦士としての腕も申し分なく、見た目も所作もキュート極まりますが。とにかく危険なのですよ。こんな娘をおいていたら、この街もいつ壊滅するか……。という訳で、私は貴方を選びました。分別も常識も弁えて、なおかつ知性も理性も強く。その上に高位の魔導師という力も持つ方。なに、別におだてているわけではありません。そのくらいの方でないと、この娘は御せませんから。契約は破棄なされない方が、賢いと思われますよ、ザクトール様。何せ、この街のギルド長の私が作った契約書です。ギルドの公式文書となります。この契約を破棄なさったら、貴方はこのエーテルガルドに存在する、どのギルドからも相手にされなくなりますよ!」
お、おのれええええええ!! 何という詐欺か!!
「……いきり立ってるんじゃないの。アンタが書類よく読みもしないで、サインする方が悪いのよ」
俺とギルド長のやり取りを見ていたマキアンが、溜息をつきながらそんな事を言った。
「ねえ、ザクトール。その契約書にサインしたのはアンタで。私は、アンタと期限付きのパーティ契約を結んでいるんだけど。覚えてる? それを」
「ああ。覚えている。たしかまだ、数年の期間があったな」
「うん、そうなんだ。だから、ミィアンちゃんの面倒を、アンタと一緒に見ることになるわけなんだけど。アンタ、どうするの?」
「何がだ!!」
「ミィアンちゃんの事よ。どう扱うつもり?」
「……野に帰そう」
「バカ!! ミィアンちゃんは半分オーガだけど! 残り半分は人間なのよ⁈」
「んじゃ、どうすりゃいいってんだよ? マキアン!!」
「私とアンタが! ミィアンちゃんの保護者になって、この子に色々教えてやって! あの爆発的な力の正しい制御の仕方と向けどころをを与えてやるの!!」
「お前バカか? マキアン!! あのミィアンとは三日前に知り合ったばっかりだろ? なんでそこまで入れ込むんだよ?」
「あー!! このバカ!! アンタが契約書をよく読まないでサインしたせいじゃない!! 私だって、逃げられるもんなら逃げたいけど!! それができないなら、正面から挑むのが私の性格なの!!」
「こっ……!」
「のっ……!」
俺は、思わずマキアンの整った顔の柔らかい頬をつねった。
マキアンも負けずに、俺の頬をつねる。
ぐりぐりぎりぎり。滅茶苦茶痛い。
「ねー。やっぱアタシ、迷惑なの?」
気が付くと、ほっぺつねり相撲をしている俺とマキアンの横に、ミィアンが来ている。
リンゴをショリショリ齧りながら、何やら不安顔。
「いいよ。私、消えるから。どっかにジョウハツするよ」
あ。これはアカン。強がってる子供の顔だ。
はばかりながら、このザクトールさんには子供を泣かせたり不安にさせる趣味はない。だが、何というか。
このミィアンが、仮に。
俺より弱ければ、別に面倒を見てやってもいいんだ。
コイツ役に立つし、可愛いし。
だが、何というにも。コイツは本性出すと強すぎる。しかも、理性がぶっ飛ぶというオマケつきだ。
昔、呪いのかかっている武具を装備して、攻撃力はすさまじいが仲間に刃が向かうと、泣く泣く呪いを解除して、その呪いの武具を塵に還した男が居たのを思い出すような。いや。
もっと性質の悪い状態になっている。
ミィアンは、オーガハーフだがどうやら、確として、人の心を持っていると言う事が、ここ三日間で俺にもマキアンにもわかってしまってきている。
だから、呪いの武具を塵に還すように、消滅させることもできない。
「……どこいっても、そうなんだ。だから、今度もダメ。みんな逃げる。この街は、一年間もアタシを住ませてくれてたけど……。無理だよね、オーガの血が入ってる女の子なんて」
あああ。ここまで言わせちまった。だめだ、ザクトール、俺よ。人の情に駆られて、人生に難事を抱え込むつもりか?
このミィアンが、自ら蒸発すれば。
契約書の内容に違反したのはミィアンで、俺には一切の責任はない。
そうだ、それこそが望ましい形じゃないか!!
「ミィアン。よく聞くんだ」
俺は、背が低いミィアンの手を取って握った。
「お前は、それでいいのか?」
ここで、うんと言えば。ミィアンがそう言いさえすれば。
俺は晴れて自由の身に戻れる。
だが。
「やだよう! もう一人でさまよって。色んな街に行って追い出されるの。やだよぉう!!」
あがふ。何というタイミングか。切々たる心情を、俺のようなやさぐれた男の前で見せるとは。
俺は、ダメだった。情けないという感覚はなく。
「だろうな。よし、来い!! 俺らと旅するぞ!!」
人の心情として、理屈云々の話ではなく。
ミィアンを受け入れちまった。
俺は自分の心に嘘はつかない。ミィアンは確かに危険でおっかないが。
俺には、それを避けるあまりに自分の心の奥から出てくる気持ちを裏切る方が。
怖ろしいということに、気が付いちまったんだ。
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