僕の転職

オカメ颯記

僕の転職

筋肉ムキムキの友人にうらやましがられた。

僕の新しい職場は小規模ながら優良な企業で、多くの人が応募しては涙を呑む、そんな職場らしい。


僕のように中途から転職という話はほとんど聞かないし、ましてや僕のような能力の人間が引き抜き?されるなんて……


なぜ、俺が選ばれないと吠えられても、正直困った。


確かに前の会社よりはずっと多くの給料をもらっている。

福利厚生も充実している。

でも……


「出たわよ。妖精」


僕の上司……いや、鬼教官である少女が冷たく指摘する。

僕は生唾を飲み込んで、それを見る。


いつ見ても気持ち悪い。


以前の僕の知っていたフェアリーはゲームの中だけのもので、それはそれはかわいらしいものだった。

ネチャネチャした液体を垂らしたり、意味不明の音を発していたり、魚の腐ったようなにおいがしていたり。

こんな化け物、妖精といっていいのだろうか。

素直に化け物、といったほうが実体に合っている。


「行け」


どう見ても高校生の上司は、自分の式神を飛ばした。

かわいいクマのぬいぐるみがぐわっと牙をむく。


ホラーだ。ぬいぐるみが一瞬にしてヒグマに代わる。


「何ぼやぼやしてるの。ちゃんと見て」

吐き気をこらえていると叱責が飛ぶ。


いや、普通に怖いんです。


「これ、ゲームだと思えといったはずよ。ゲーム。好きでしょ」


僕はホラーゲームは苦手だった。ゾンビ物も嫌いだ。


「いでよ」


僕は必死でフェアリーちゃんを思い浮かべる。

かわいい女の子。僕の好きな声優の声で僕の名前を呼んでくれる。僕のフェアリーちゃん。


出た。

実戦で初めてできた。


目の前に小さなフェアリーちゃん。かわいい僕の相棒が浮かんで微笑んでいる。


「フェアリーちゃん」僕はちょっと感動する。今なら触れるかもしれない。ゲームさながらのかわいい、僕の……


「いた」


かまれた。フェアリーちゃんに。フェアリーちゃんの笑顔がゆがむ。

けたけたと声を出して笑う。


そうだった、これは基本あの目の前のぐちゃぐちゃと変わらない異質の存在。

なめられたら、こちらが食われることもある。

今みたいに……


「ぐず」


鬼高校生から一言。

パワハラといいたい気持ちを飲み込む。


これが今の僕の職場だ。無理やり、問答無用で引き抜かれて、毎日化け物相手に町を徘徊する。

あの筋肉ダルマにいいたい。

代われるものなら、代わってやりたい。

いや、頼む。

代わってくれ。


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