第4話 赤目の独白
果たして、おじいさんは怯えた。魔物に出会ったのである。そして、新たな秘密を
ある朝おじいさんがいつものとおり山で柴刈りをするために家を出ようとすると、桃太が庭先から駆け寄ってきた。山に一緒に行きたいという。最近になって、桃太はよく、おじいさんとの山歩きをせがむようになっていた。おじいさんは、桃太の不思議な雰囲気に、胸騒ぎにも似た不安を感じることはあるものの、桃太がかわいくて仕方がない。桃太の姿を見ていると、おばあさんと二人きりのときはすっかり忘れていた笑顔が自然にこぼれた。
傍らでにこにこ微笑んでいるきぎすに、おじいさんは声を掛ける。
「連れて行ってもいいかい。」
「ぜひ、お願いします。近頃では、桃太も足腰がすっかり強くなって、一人でどんどん山奥に入っていくので、私の足では桃太の後を追っていけないのですよ。姿を見失って心配することもあるくらい。おじいさんは山にお詳しいから安心です。危ないところに行かないように教えてくださいまし。それに、今日は、私、おばあさんの糸紡ぎのお手伝いをしたいから。」
「ようし、それじゃあ、一緒に行くか。桃太。」
許しが出て、桃太は嬉しそうに歓声を上げる。その様子がまた、おじいさんにはいとおしい。
山に入ると、桃太は、おじいさんの前や後ろを
「これ、桃太。そんなに急いだら危ないぞ。わしの傍を離れるんじゃない。」
きぎすの言うとおり強く、たくましくなったものだわいと、おじいさんは頼もしく思った。
歩きながら、これは切り傷を治すのによく効く草、これは腹を下すので食べてはいけない果実、この虫は毒虫だから決して触ってはいけないなどと、おじいさんは桃太に語りかける。桃太は、しかし、そんなこと知っているよと、余り興味を示さない。知ったかぶりをしているのだろうと、試しに嘘を言って聞かせると、それは違う、その椎茸を食らうと笑い死にしてしまうのだよ、こっちのはもっと毒が強いのだよと、逆に教えられる有り様だ。まったく不思議な子じゃわいと、おじいさんは思った。わしが教えられることなど残っていないではないか。おじいさんは、自分の役割が見つからないもどかしさを覚えた。
あの子のために、わしはいったい何をしてやれるというのか。何の役にも立っていないではないか。そればかりか、この三年間というもの、桃太を身近に置いていることで、とんでもない災いが起こりはしないか、いつも不安だった。何かに怯えて暮らしていた。
子育ては、おばあさんときぎすに任せ切りだった。桃太のために何もしてやった覚えがない。桃太がぐずって夜半目覚めた時も、知らぬ振りを決め込んでいた
前を駆けて行く桃太の背中を眺めながら、おじいさんは自分を情けなく思った。自分を責めながら歩いて行く。背負った薪の束がひどく重たい。肩紐が肉に食い込んで痛かった。尾根を越え、九十九折の山道を進んで行く。目を伏せて、力なく歩を進める。足取りが重たかった。
はっと気付いて前方に目を向ける。桃太がいない。川のせせらぎが間近に聞こえる。いつの間にか、沢まで下って来ていたのだ。
「桃太、桃太。どこだ。桃太。」
胸騒ぎを覚えた。川が近い。
「桃太、頼む。返事をしておくれ。桃太。」
川面にうつ伏せに浮かんでいる桃太の痛ましい姿が脳裏をかすめる。おじいさんは夢中で駆け出していた。土手を滑り落ちるようにして、大きな石がごろごろしている川原に出た。転げた拍子に腰を強く打って、ひどく痛かった。しかし、そんなことはお構いなしだった。おじいさんは、すぐさま立ち上がり、川の流れを見渡した。
ややっと思わず声が出た。少し上流の岩のくぼみに桃太が座っているのが見えたのだ。
おじいさんは、跳ねるように岩を乗り越え、桃太の傍へ駆け寄った。
「桃太。」と声を掛けかけて、息を呑んだ。さっと血の気が引く思いがした。桃太の背後の岩の上に不気味な男が座り込んで、桃太を見下ろしていたのだ。真っ黒な異国の衣装を着ていた。男は、おじいさんの姿を認めると、ゆっくりと岩の上に立ち上がった。恐ろしいほど背が高い。足元から見上げていくと、まるで真上を仰いでいるようだ。そして、男の顔を見て、おじいさんは、ぞっとした。魔物、と思った。男の両の眼が燃えるように赤かったのだ。男の視線に縛られて、おじいさんは、猫に睨まれたねずみのように身を硬くした。恐怖と緊張のあまり、卒倒してしまいそうだった。桃太を救わなければという思いだけで、かろうじて意識を保っていた。
男がひらりと岩の上から桃太の傍らに飛び降りた。その瞬間、おじいさんの胸に熱い衝動が走った。おじいさんは夢中で、背中の顔から薪を一本抜き取ると、男に殴りかかったのだ。桃太を守るため、男との間に割って入るつもりだった。しかし、おじいさんの薪の一撃は空を切った。男が、ひらりと身をかわしたのだ。大きな体に不似合なほどのすばやい動きだ。しかも静かで、滑らかな動きだった。男の姿を追って振り返ったおじいさんの鼻先に、どこから取り出したのか、男の持った長い杖の先が、ぴたりと突きつけられていた。少しでも動けば、杖の一突きで、おじいさんの顔面は粉砕されてしまいそうである。一瞬のうちに、おじいさんは絶望感に襲われ、戦意を喪失した。いよいよ最後か、と諦めた。
「やめて」と桃太が声を発した。ふだんどおりの可愛らしい声だ。怯えた様子はなかった。
その声に応じるように、男は杖先を引っ込め、後ずさった。
おじいさんは呪縛から解き放たれたように、男の前をすり抜け、桃太のところに駆け寄った。
「桃太。桃太。大丈夫か。怪我はないか。」
うん、と頷く。それでも安心できないように、おじいさんは桃太の全身をくまなく調べた。そして、どこにも傷などがないのを確認すると、ようやく安心して、ぎゅっと桃太を抱きしめた。良かったという思いが込み上げてくるにつれ、体の緊張が解けて、がたがたと震え始めた。
「驚かせて申し訳ない。」
背後から、男が声をかけた。驚くほど穏やかな、優しい声だった。
おじいさんは、恐る恐る後ろを振り返った。そこには、やはり真っ赤な目をした大男が静かに立っていた。おじいさんは、しり込みをするように後ずさった。
「怪しい者ではない。怯えることはない。」
男はにやりと笑みを浮かべた。それがまた、鬼が牙をむき出したように見えて、おじいさんには恐ろしくてたまらない。
「わしの名は
「赤目……。」
呼び名を復唱しながらも、恐ろしくて鬼の顔を仰ぎ見ることができない。
赤目は、はははと笑いながら、
「怖がらなくてよい。その子とは幾度も話をして馴染みじゃ。危害を加えたりはしない。安心せい。そのように震えておったら、子どもに笑われるぞ。」
桃太も、おじいさんの怯えぶりを見てくすくすと笑っている。けれども、おじいさんは、まだ心穏やかではない。
赤目は、二人から少し離れた岩の上に腰かけ、
「まあ、初めてこの姿を見たら、驚き、怯えるのも無理はないか。いつまでも隠れおおせるわけでもないし、わしのことを少し話しておこうか。」と独り
「見てのとおり、わしは元々この国の者ではない。大陸から、異国の進んだ知識や技術を伝えるため、船に乗ってやってきたのだ。しかし、大海を渡ることは、決して易しいことではない。交易船が順調に海を越えてくることもあるが、突然の嵐に巻き込まれて難破することもある。運次第というところだ。わしらの場合も、何度も失敗を繰り返した。その間に、わしは目を負傷し、このような赤目となってしまったが、あきらめずに挑戦し続けて、何年も掛けてようやく、この国の北方の海岸にたどり着くことができたのだ。その時も、船は座礁し、浜に打ち上げられたわしは瀕死の重傷を負っていたが、船に積んできた貴重な書物や道具類は無事であったし、何より、確かな技能を持った六人の仲間たちが、皆、生き残ることができたことが幸いであった。」
感慨深げに、続けて語る。
「わしらは、地元の漁師のつてで、あるお方の屋敷に案内された。そこは、この桃の郷を挟んで都の反対側に位置している。大きな川を遡ったところにある険しい山の頂に、そびえるようにして建っている。まるで要塞のようだ。川が近いせいか、早朝、付近に濃い霧が立ち込めることが多いが、そんな時は、雲の海に浮かぶ島に建っているように見える。この世のものでないような景観から、人々はその屋敷を「鬼が城」と呼んでいる。城には鬼が住んでいると噂されているが、鬼が城の主は鬼ではない。そのお方は、まだお若いながらも家臣や民らの信望が厚く、皆から、尊敬の念をもって「将公」と呼ばれている。以前は都の内に住まっておられた。都に関わりのある高貴なお方なのだ。しかし、都は、善政を施された先帝が亡くなられる少し前あたりから、一部の不届きな重臣どもが
赤目は続ける。
「わしは、将公の手当のお陰で一命をとりとめた。傷が癒えた後、将公に、この国の役に立ちたいというわしらの思いや、これまでの苦労をお話しし、理解と信頼を得ることができた。以来、わしらは、命の恩人である将公にお仕えすることになったのだ。わしは、異国の名を捨て「吉備」を名乗り、大陸で培った知識と技能をいかして、鬼が城の山麓に広がる、将公の治める「鬼の荘」と呼ばれる領地のために働いてきた。広大な鬼の荘は、以前は川が氾濫して、大きな被害が生じることもあったが、わしらの技術で、川岸を改修し、土地を灌漑して、実り豊かな農地に変わったのだ。わしは、鬼の荘での成功をこの国全体に広げていきたいと思っている。国中を肥沃で実り豊かな土地にしていくことが、わしの生涯の夢なのだ。」
赤目は、深くため息をつく。
「しかし、良くなるところがある一方で、そうでないところもあるものだ。残念なことだが、この国の頂点であるべき都に、深い闇が潜んでいた。今、お前の身の回りに起こっていることを分かってもらうために、都のことも少し説明しておこう。」
おじいさんは、赤目の話に引き込まれていた。都の話など、これまで一度も耳にしたことがなかったからだ。
「先帝の時代は、本当に良かった。聖人と呼ぶにふさわしい先帝が善政を施されて都は大いに栄え、民は幸せに暮らしていた。先帝には二人の妃がおられた。お一人は、今の帝である
虚言に振り回され、お立場をどんどん悪くされ、小次郎様は、さぞ苦しまれたことだろうが、先帝が信頼してくれていたこと、茜の方様が心の支えとなって、励ましておられていたことで、何年も耐えてこられた。しかし、先帝がお亡くなりになると、
声を振るわせた。おじいさんは、赤目が泣いているのではないかと思ったが、顔を覗き込むことはできなかった。不敬だと感じたからだ。赤目は続ける。
「その後も、夜盗の横行や幼子の神隠しが後を絶たず、都は荒み、民は不安に駆られていた。将公は、地方にあっても、このような都の乱れは国の安寧や民の平穏を脅かすものだと深く心を痛めておられた。何もできない自分を不甲斐なく思われていた。都に母君の茜の方を一人残してこられたことも、さぞお辛かったことであろう。心残りであったことであろう。しかし、心残りはそれだけではなかった。」
一層声を潜めるようにして赤目は話を続ける。
「わしが将公にお仕えして数年がったある日、将公が思い余ったように、お苦しい心の内を明かされた。詳しくは話されないが、都に心に秘めた女御がおられること、今でも思いを残していること、そして、新たな命が芽生えたことを知ったことなどお聞かせくださった。そうして、ゆえあって、子を宿された女御が都に巣くう悪しき者どもにお命を狙われるところとなったが、遠く離れた地にいる時分には何もしてやれないと、悔し涙を流しながら嘆かれたのだ。自分を責めておられた。初めて伺う話に驚いたが、その後、親交のある有意の都人から今の都の様子を聞いて詳しい事情を知ったわしは、赤子を都から救出するのをお助けしたいと考えた。将公はご存じないことだ。お生まれになった後、お命をお守りするためには、都から離れてお育てしなければならない。わしは単身秘かに都に入り、都にほど近い隠れ家でその時を待った。数日後、いよいよ誕生の時を迎えた。生まれたばかりの赤子を窮地から救い出した味方の手の者から、都の門外で赤子を預かり、夜の闇に紛れて、この桃の郷までやってきたのだ。追っ手は交わしたが、将公の屋敷まではまだまだ距離があるし、屋敷に連れ帰ったことが都に知れれば、将公のお立場が危うくなることも心配された。味方から渡された乳代わりの重湯も底をついた。わしは悩んだ末、ほとぼりが冷めて、子の安全が保たれるようになるまで、誰か信用できる者に赤子を委ねて、育ててもらおうと考えた。人知れず村人たちの様子を見極めて、申し訳なかったが、子がなく、二人きりで村はずれに住んで、秘密が守れそうなお前たち夫婦ならと、子育てを頼もうと思ったのだ。お前たちが桃太と呼んでいるその子は、実は、将公にご縁のあるお子なのだ。」
おじいさんは、目を丸くした。想像もしない事態に自分たちが巻き込まれていたことに驚きを隠せない。しかし、赤目の身勝手な選択に怒りは感じない。
「あの日の朝、川の上流で赤子の眠る行李を流したのは、このわしだ。洗濯をする途中で、流れてくる行李に気付き、拾い上げてくれるように企てたのだ。そして、願ったとおりに赤子を家に連れ帰ってくれたのを確認して、わしは身を隠した。以来、陰ながら、子の成長を見守ってきたのだ。最近になって、この子が言葉を聞き分け、話すこともできるようになってきたので、時折、一人きりで遊んでいる時に、声を掛けるようになった。物怖じすることなく、わしの話すことを聞いて、正しく理解している。賢い子だ。将公の高貴な血を受け継いでいるということかもしれないのう。」
桃太の不思議な雰囲気は、そういうことだったのかと、おじいさんは合点がいった。おじいさんは、おそるおそる尋ねる。
「この三年余り、ずっと見守っておられたというが、あなた様を一度も見かけなかった。そのようなことがあり得るだろうか。」
「不思議に思うかもしれないが、たまに鬼が城に報告に行くこと、都に忍んで様子を見に行くことはあったものの、ほとんどこの地で隠れて暮らしておった。裏山の竹林に気付かれないよう質素な庵を結んでおる。庵は外からは見分けがつかず、山に通じたお前でも、その場所を見つけることはできないであろう。」
確かに一度も気付かなかった。人のいる気配さえなかった。
「わしの目は、今はまだ、明るさの変化や、物の形や動きを少しは感じることができるが、やがて全く見えなくなるに違いない。しかし、その代わり、耳がよく聴こえ、匂いを強く感じ、感覚が鋭くなっている。人や獣の気配は遠くからでも感じることができる。気配を感じれば、その場を離れ、身を隠すので、気付かれることがなかったのであろう。天地の理は熟知しており、雨風の変化にも敏感である。何が起ころうと準備ができている。また、三年も暮らしおておれば、目が見えなくても、どこに何があるかを承知しているし、日々の暮らしの中で、いつどこで何をすべきかもよく分かっている。不自由は全くない。何事にも執着せず、在るがままに生きているので、天地に溶け込んでいるということであろう。山の一部になっているのだ。だから、誰にも気付かれない。」
やはり魔物だと、おじいさんは心の内で呟く。そのような人間がいるはずがない。
赤目の独白は続く。
「執着はないと言ったが、わしにとっての唯一のこだわりは、その子を守ることなののだ。年が長ずるまでの間に、知るべきことを知り、すべきことをきちんと理解して、行うべきとおり正しく行えるようになることが必要と考えた。それを教え諭すこともわしの役目と思い、正体を明かして話しかけたのだ。初めは驚き怖がるかとも思ったが、そのようなことは一切なく、幼いながらも高貴な気高さがある。いつの日か、将公のところにお連れし、あるいは、都に戻って世のために正義を行ってほしいと、わしは願っている。この子にはその素養があり、それが
いつかは、桃太が手元からいなくなるであろうことを思い知らされて、おじいさんはひどく寂しく、悲しい。おじいさんの意気消沈した様子を見て、赤目が少し笑う。安心させるように、穏やかに語り掛ける。
「お前たちがいなければ、あるいは、お前たちでなければ、この子は生きていけなかったであろう。お前たちがきぎすと呼んでいる娘が現れることは予想しておらず、このような奇遇があるのだなぁとわしも驚いたが、きぎすが乳母として寄り添ってくれたことは本当に幸運だった。お陰で病も患ず健やかに育ったし、優しく穏やかな性格になったのも、きぎすがいてくれたからといってよいだろう。この三年余り、お前たち三人がこの子を慈しみ、育ててくれたことに心から感謝している。とはいえ、まだまだ幼く、今しばらく大切に育ててもらわなければならない。よろしく頼む。」
頭を下げた。おじいさんは、いえいえと恐縮する。
「この三年の間にも、都の悪政は続いていて、不埒な高官どもや若比古らは鬼が城を攻め落とそうと画策しており、また、鬼の荘の繁栄を妬都人の中には、手柄にありつこうと、若比古らの思惑に同調し、金銭や物資を支援するなどという不穏な空気が流れている。鬼が城の周辺まで、偵察に来る輩も後を絶たない。わしは、街道を行きかう都の兵や旅人に、その子が見とがめられるのではないかと、それが心配だった。」
桃太を見やる。
「体も随分大きくなって、人の目に触れたり、噂に上ったりすることがあるかもしれぬ。いつまでも隠しおおせるものではないだろう。心配だ。怪しい者が近寄ったり、危害が及ぶことのないよう、わしも、いつも見守っておる。つい先日も、山猿を一匹追い払った。もっとも、
赤目のことを信用して安心したのか、おじいさんが問いかける。すっかり丁寧な物言いになっていた。
「赤目様は、これからわが家へおいでいただけませんか。今の話をばあさんやきぎすにも聞かせてやりたい。」
「いやいや、二人に不安を与えたくないし、事情を知って、この子への接し方が変わり、せっかくの良い関係が途切れてしまっても困るので、今日わしに出会ったことも含め、先ほどの話は、もうしばらくお前の心の内に留めて秘密にしておいてもらいたい。わしに何か伝えたいことがあれば、いつでもすぐ傍にいて様子を見ているので、一人になって山に向かってわしの名を呼んでもらえば、わしの方から声を掛ける。」
「秘密に……。」
気の重い話である。そもそも、おじいさんは秘密の話が苦手だ。根が素直というか、心配性というか、隠しておかなければならない心の内を、ついうっかり漏らしてしまいそうで不安なのである。初めてきぎすに出会った時のときめきにも似た気持ちを、おばあさんに悟られはしないか、誤解されたりはしないかと、いかにも興味なさげに隠し立てしたのもそのせいだ。
おじいさんの戸惑いなどお構いなしに、赤目は桃太に声を掛ける。
「さて、桃太殿。」
桃太がきょとんとして赤目を見上げる。
「今日話したことは、これまで誰にも明かしたことがなかった。だから、そなたと話すときも、特に名を呼び掛ける必要がなかったのだが、今やそなたの家族に知れるところとなった。これからは、そなたのことについて皆と語り合うこともあるだろうから、わしも、そなたを桃太と呼ぶことにしよう。わしのことは、赤目と呼ぶがよい。」
桃太は、うんと頷く。
おじいさんは、桃太と赤目のやり取りの間、先ほど赤目から聴いた話を一つ一つ思い起こしながらぼんやりとしていたため、赤目がついと立ち上ってその場を去ったのに気が付かなかった。しばらくして、桃太に「おじいさん」と声を掛けられてはっと我に返り、桃太の手を引いて家路についた。夢を見ていたような気がしていた。悪い夢。
家に戻り、きぎすとおばあさんから、桃太の今日の様子を尋ねられて、どぎまぎしたのはいうまでもない。おじいさんは、いつまで秘密を守っていられるだろうか。
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