それは表裏一体

葵月詞菜

第1話 それは表裏一体

 通常、だいたいの人は『7』の数字単体、もしくは続いたりするとラッキーな気分になると思う。

 『7』という数字が幸運な数字云々の理由を知らずとも、幼い頃から『ラッキー7』という単語が刷り込まれて、不思議とその数字を見ると縁起が良いと錯覚してしまうのだ。

 くじ引きで引いた数字、受験番号、レシートのナンバー、たまたま見た時計の表示、カレンダーの日付け……エトセトラ。

 また、何か数字を選ぶ時も『7』を選ぶと運が寄って来るような気がしてしまう。――するだけだった、ということも多いが。

 まあ選んだ本人が少しでもハッピーになれるならそれはそれで良いと思う。

 彼女もまた例に漏れずそう思っていた。――そう、今日までは。


「よーし、こんなもんかな」


 商店街の裏に地味に位置する集会所が、今日は賑やかに存在感を放っている。

 あれやこれやと準備をする大人に混じって、気が早い小学生たちがそわそわ様子を窺うようにこちらを見ていた。

 本日は集会所にて、商店街地区の町内会のイベントが企画されていた。

 スタッフとして動く精肉店の娘・かよがふうと息を吐いてペットボトルのお茶を一口。


「それにしても椿ちゃんにまで手伝ってもらっちゃってごめんね」

「ううん。店長の代理だし」


 椿は首を横に振って、気にしてないと示すように彼女に微笑み返した。

 椿は本来この地区とは全く別の地域に住んでいるのだが、バイト先のカフェがこの商店街の地区に入っていた。今までは店長が地域の行事に参加していたものの、最近は体を動かすものを中心にバイトの椿に代打を頼むことが少なくなかった。

 もちろん給料は出るし、何より商店街には幼馴染の友人であるかよがいる。最初こそ躊躇したものの、今ではだいぶ慣れっこになっていた。

 商店街の人も町の人も、店長とかよのお墨付きならばとフレンドリーに迎え入れてくれた。おかげさまですっかり顔馴染みである。


「みんなで工作とかちょっとわくわくするね」


 今日参加する人数は二十人くらいだと聞いている。下は幼稚園年長から、上は中学生まで。一番多い層は小学生低学年だというが、なかなかに年齢の幅が広い。


「みんなで楽しめるようにレベル分けした工作に取り組んでもらおうと思ってね」


 折り紙に厚紙、はさみやのりと小学生の図画工作の時間に見た記憶のあるものが、机の上にいっぱい並んでいた。

 かよが印刷した紙には挑戦してもらう作品がレベル別に書かれていた。


「かよちゃん、椿ちゃん」


 小さな声で呼ばれ、ぎょっとしつつ振り返ると、そこには肌が白くてほっそりした少女が立っていた。


「百合ちゃん!」


 椿とかよがハモったせいで思いの外声が大きくなり、今度は百合の方が驚いて首を竦めた。


「……こんにちは」

「こんにちは。百合ちゃんも参加してくれるんだね」


 椿が笑いかけると、彼女は控えめに小さく頷いた。彼女はいつもこんな感じだ。

 椿のバイト先のカフェの常連で、さらに店主がカフェと共に営んでいる古書店にもたまに顔を出してくれる貴重なお客様である。

 そして、参加者の中では最年長になる中学一年生だ。

 彼女は周りをきょろきょろと見回して、誰かを探すような素振りを見せた。


「誰かと待ち合わせ?」


 かよが問うと、百合は首を横に振った。


「待ち合わせじゃなくて……」


 いつもは白い彼女の頬が少しだけ赤らむ。

 椿はかよと顔を見合わせて小首を傾げた。


「えっと……葉月君は今日参加します、よね?」

「ああ、葉月君。するする。前回のイベントは不参加だったけど、今回は参加してくれるのよね」


 かよが頷くと、百合はぱあっと顔を明るくした。

(もしや?)


「葉月君に用があったの?」


 なるべくさりげなく訊いてみると、彼女は小さく頷いた。


「……中学に入ってからクラス違うしお互い部活もバラバラだから、なかなか話す機会がなくて。町内会のイベントなら学校じゃないしゆっくり話せるかなって」


 なんとかわいらしい理由か。椿はまたかよと顔を見合わせ、微笑まずにはいられなかった。


「そっか。学校じゃなかなか話せないこともあるよね」


 クラスや部活が別という理由もあるが、中学生になると小学生の時とは違い男子と気軽に一緒に遊んだり話したりすることも減るような気がする。――椿にも覚えがあった。

(まあ、こっちが距離を置きたくても詰めて来ようとする変なヤツもいるけど)

 ちらと頭を過ぎった人物を急いで頭から追い出す。


「じゃあ今日は話せると良いね」


 かよの言葉に、百合が強く頷いたのだった。



 準備中はそれほど窮屈には思わなかった集会所だが、さすがに二十人も集まると一気に空間が埋まる。


「はーい、では今からチームを組んでもらいます。箱の中に数字の書かれた紙が入っているので、順に引きに来てくださーい」


 呼びかけに応じて子どもたちがくじの列に並ぶ。


「椿ちゃんも参加して良いよ。私もバランス見て参加するし」

「ほんと?」


 実は準備をする間にだんだん参加したくなっていたのだ。

 一番最後にくじを引き、緊張した面持ちの百合の横に行く。

 彼女が探していた葉月もすでに集会所にやって来て、小学生の男の子たちに囲まれていた。


「葉月君何番かなあ。椿ちゃんは何番?」


 折り畳まれた紙片を開くと、3番だった。

 みんなが自分と同じ番号の紙を持つ仲間を求めて動き出す。


「3番の人―!」


 その声にはっとして顔を上げると、それはまさに葉月だった。

 椿は自分の手元にある紙を見て目を見張る。まさか彼の引いた番号が自分の手元にあるとは。

 そして考えるよりも先にその紙片を隣の百合の手に押し付けた。


「!?」

「しーっ。――頑張れ」


 にっかり笑って見せると、百合は泣き笑いのような表情で、大きく頷いた。


「じゃあ椿ちゃんにはこれ……」

「オッケー。――やったね。ラッキー7だ」


 百合が照れたふうに葉月に声をかけに行くのを見遣って、椿は満足気な顔で周りを見回した。さて、自分と同じ「7」の紙を持つ者はどこにいるのだろう。


「あ、椿ちゃん。何番だった?」

「かよちゃん。私は――」


 椿が自分の紙を見せると、かよは一瞬驚いたように目を見開いた。


「かよちゃん……?」

「うーん、これもあいつの執念なのかなあ……?」

「?」


 彼女の言う意味が分からず首を傾げた次の瞬間だった。


「椿ちゃん何番だった!?」


 呼んでもいないのにうるさいのが飛び込んできた。椿が距離を置こうとするのをぶち破って詰めて来る男子だ。

 彼もまた椿の幼馴染で、商店街の和菓子屋の三男坊である。なぜか昔から椿に絡んでくる。

(いつから来たんだ……)

 椿は溜め息を吐いて、面倒臭げに持っていた紙片を見せた。


「え!マジで!?」


 嬉しそうな声に目を上げると、彼は本当にキラキラとした小さな子どものような目をしていた。

(――まさか)

 椿の顔が微かに引き攣る。

 彼がばばんと小さな紙片を目の前に突き出した。


『7』


(……終わった)

 椿は呆然とその紙を見つめた。自分の目を疑ってみたが、恨めしくも他の数字には見えなかった。

 隣のかよが半笑いで椿たちを見守っていた。


「やった! 本当にラッキー7だった」


 感激したように喜ぶ稔を横目に、

(――アンラッキー7でしょ)

 椿はため息を吐いて、紙片をかよに押し付けようとした。


「かよちゃん、はいこれ」

「いやいや諦めなよ、椿ちゃん」


 そもそもこれは本来百合が引いたのだが――交換しただなんて言えるわけもない。


「これが学校だったら女子たちの紙片の奪い合い大戦争だよ」


 かよが恐ろしいことを言うが、これがまた事実なのだ。

 彼――みのりは高校で学年一を争う美少年という憎たらしい肩書きがある。だから余計に彼に近付きたくはないのだ。


「椿ちゃん!」

「――はいはい分かったわよ! 最高レベルの作品に挑戦するから足引っ張らないでね!」


 うんうんと頷く稔を見てまた顔を顰めたくなる。本当に大丈夫か。


「7番はまだ他にもいるから、その子たちに迷惑かけないでね、二人とも」


 かよに二人まとめて釘を刺されてしまった。


Fin.


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