第16話 マイペースなお姫様

 グミはとりあえずカレンを休ませる。無理やり動かして椅子に座らせると、とりあえず飲み物を持ってくるようにケイルを通して頼んでおいた。

 再びカレンを見ると、表情は上の空である。うっとりしていて何とも不気味である。

「カレン、カレン! 大丈夫なの?」

 グミはカレンの頭の上でぴょんぴょんと跳ねる。

 しばらくは反応が無かったが、突然グミは鷲掴みにされてそのまま床に叩きつけられた。

「ぐえっ!」

 苦しそうな声が漏れる。だが、そこへカレンの拳が振り下ろされており、グミは殺されると思った。

 だが、すんでのところで拳は止まる。

「あれ、ここはどこ」

 カレンが我に返ったようだ。

「ごほっごほっ。……魔王様の居城の客室……よ」

 グミは苦しそうだが、カレンの問い掛けに答えた。知らない間に移動していたので、カレンは混乱しているようだ。

「そう……。てか、なんで苦しそうにしているの?」

「な、なんでって……。あなたがさっき……、あたしを床に……叩きつけたんでしょうが……」

 物理攻撃無効のアサシンスライムとはいえ、物理攻撃が通らないだけで、床とかに叩きつけられれば普通に痛いのである。なかなか謎な現象である。だが、それくらいの勢いで叩きつけたのは事実だった。

「そっか。それは悪かったわね」

 そう言って、カレンはグミを抱え上げた。そして、隣の椅子の上に静かに置いた。カレンの性格から思えば考えられない行動に、グミはさっきの衝撃も加えて理解が追い付かなかった。謝罪らしい言葉ではないが、カレンが自分の非を認めたのである。

 しばらく沈黙が流れたのだが、

「紅茶をお持ちしました」

 扉が叩かれ、声がする。

「入っていいわよ」

 なんとか叩きつけられた衝撃から回復したグミが返答する。

「失礼します」

 中に入ってきたのは、城仕えの侍女の獣人だった。カップに注がれた紅茶からはいい香りが漂っている。

「どうぞ、ごゆるりとお寛ぎ下さい」

 そう言って、給仕が出ていった。

 出ていくのを確認すると、カレンはさらっと疑いもなく紅茶を飲み干す。

「うん、おいしい」

「ちょっと!?!?」

 おいしそうに飲み干したカレンに、グミが驚いてツッコミを入れる。すると、カレンはきょとんとした顔でグミを見る。

「何の疑いもなしに飲んだけど、あなた分かってるの?」

「ああ、毒の心配? 私には効かないわよ。これでも王族なんだから、毒に慣れるくらいやってるし、私の能力で無効化できるから」

「はぁっ?!」

 驚くグミに、カレンは追い打ちをかけた。毒が効かないってどういう事なのだろうか。

 確かに、王族は国家転覆やら侵略やらで何かと命の危険にさらされる。それ故に、その方法の一つである毒殺にも対応できるように育てられてきているのだ。魔族領の毒とて例外ではない。カレンはその筋肉によって、毒すらも無効化できる。だからこそ、毒を持つ魔物ですら素手で平気で殴れたというわけだ。

「あの時のあたしの解毒魔法アンチドートって、ただの無駄打ちなの?」

「いや、少し痺れてたから無駄っていうわけじゃないわよ」

 けろっと言うカレンに、グミは言葉が無かった。

「はぁ、もういいわよ」

 グミはさすがに諦めた。

 しばらく黙ったまま紅茶を味わった二人だったが、グミは突如として話を切り出した。

「ねえ、カレン」

「なに?」

「さっき、一体どうしたっていうのよ。魔王様を見て固まってたけど」

 さっきの謁見の時の話だった。あの時カレンは、魔王の姿を見た後から、固まって動かなくなっていた。一体何があったのか、気になって仕方がない。

「うーん、何と言うかな。魔王って悪いイメージがあったのは事実なんだけど、あの整った顔と引き締まった体を見ていると、なんか惹きつけられる魅力を感じたのよねぇ……」

(えっ、ええぇ……)

 カレンの話を聞いたグミがドン引きしていた。まさかのひと目惚れである。いくらアサシンスライムという種族のグミでも、恋愛をまったく知らないというわけではない。嫌というくらい魔王城や市井で見てきたので知っている。ただ、あの脳筋な姫様であるカレンにまでそんな事が起きるだなんて、誰が想像したというのだろうか。無理な話だった。

 しばらくの間、顔を真っ赤にして恥ずかしがるカレンと、あまりの事態に呆気に取られるグミという沈黙の時間が流れたのであった。

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