第6話 不敬な侍女

「おはようございます、カレン様」

 ゼリアが目を覚ましたら、こんな声が聞こえてきた。

「あ、おはようございます。え……と?」

 寝ぼけているゼリア。服装は昨日着ていたドレスのままである。どうやら部屋に戻った後、そのまま眠ってしまったらしい。ドレスのまま寝てしまったという状態を使用人に見られてしまったと気が付いたゼリアは、慌てて体を起こしてベッドの端に腰掛けた。

「し、失礼しました。えっ……と、確かルチアでしたね」

 ちょこんと慎ましく座って、確認するようにゼリアは使用人の名前を呼んだ。ルチアと呼ばれた女性は、ゼリア演じるカレンの様子を見て、驚きのあまりに固まってしまった。

「る、ルチア?」

 戸惑って声を掛けたゼリア。その声にようやくルチアは我に返ったようだ。

「おはようございます、カレン様。なかなか姿をお見せにならないので、確認するように言われて参ったのですが、確かに以前とは違われているようですね」

 いきなり無礼な物言いを食らうゼリア。しかし、カレンならきっと右ストレート飛ばしていただろう物言いに、ゼリアは笑って済ませた。

「一応あなたの事は、陛下からお伺いしております。見た目は確かにカレン様ですが、仕草などは到底似ても似つかぬものだとはっきり分かりました」

 すごく失礼な物言いを繰り返すルチア。多分、相当にカレンには悩まされてきたのだろう。だが、その事情を差し引いたとしても、許せる物言いではなかった。

「ルチア、私が影武者と知っての言い方のようですが、さすがにそれは不敬というものですよ。私と二人になる時以外は、その態度はやめて下さいね」

 凍てついた笑顔をルチアに向けるゼリア。その殺気を含んだ視線に、ルチアは青ざめながら身を引いていた。

「まぁ、カレン様に振り回された者同士、仲良くしましょう」

 ゼリアはベッドから立ち上がって、ルチアに近付いて手を差し出す。握手のつもりだが、さっきの事もあってか、ルチアはその手を取ろうとはしなかった。というかできなかった。

「……無理もないでしょうね。ルチアにとって私はどこの誰だか分からないわけですものね」

 そう言ってゼリアは、服を脱ぐついでに元のスライムの姿に戻る。その様子を見たルチアは、悲鳴にもならない悲鳴を上げた。

「私はアサシンスライムのゼリア。ちゃんとカレン様の身代わりは努めるから、仲良くしましょう」

 スライムの状態のまま、ゼリアはルチアに話し掛ける。それにしても、スライムのどこに声帯があるのだろうか。ちゃんと聞こえる声で、しかもカレンの声で話していた。

「魔物風情に仕えるなどできるわけもないですが、陛下からの命令ですから仕方ありませんね」

 ルチアはすごくゼリアを睨んでいる。普通の人間にしてみれば、魔物は恐怖の対象なのだから、致し方のない反応である。

「お互い保身のためですよね」

 ゼリアがこう言うと、ルチアは思い切り吹き出した。

「な、なによ」

「いや、魔物からそんな言葉が出るとは思ってなかったので、つい……。なるほど、陛下が気に入られるわけです」

 ルチアは本当にお腹を抱えていた。よっぽど意外でツボに入ったらしい。

 その後、ゼリアは文句を言いながらもカレンの姿に戻る。ルチアも仕事と割り切って淡々とゼリアの着替えを済ませ、御髪おぐしを整えた。

「さすが王女付きの侍女ですね。仕事が完璧です」

「魔物風情……と言いたいですが、あなたに褒められるのは不思議と悪い気はしませんね」

 ゼリアが褒めると、それに対してルチアはこう返した。

「ふふっ、そんな顔もするのですね」

 初めて見たルチアの柔らかい笑顔に、ゼリアはつられて笑顔になる。

「さすがにカレン様のような脳筋とはいきませんが、対外的には完璧な姫様を演じさせてもらいますね」

 ゼリアは笑顔でルチアに誓う。

「正直、本物のカレン様なら不安しかありませんでしたが、あなたならやってのけそうですね」

 ルチアは笑いながら、思いっきり不敬な事を言っている。カレンが居たらやはり右(以下略

 そんな事を言っている間に、気が付いたら二人は右手でがっちりと握手をしていたのだった。

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